満中陰、谷汲花立峠周回54km、諏訪哲史「スワ氏文集」読了

喪の期間を経て2月月末に父の満中陰、いわゆる四十九日の法要行う。僧侶の読経に合わせて初めてお経を流し読んだが漢字ばかりでもそれなりにニュアンスがわかる。読経後、僧は一連のしきたりや法要について解説を含めで説明された。満中陰で往生し、あの世に旅立ことや、1回忌などの日数の数え方など関東、関西の習わしの違い諸々、私は知らなかった。兄の話では、あれこれ役所の手続きなどやることが山とあるようで、この日の準備を含めて落ち着く暇もないようで兄夫婦に対し申し訳なく思う。この日も、穏やかに晴れて暖かい。近所の寿司屋で昼食後、母に別れを言って姉夫婦の車で姫路駅まで送ってもらう。一連、努めて質素な葬儀でもそれなりの出費がかかることを知り、せめて私どもは周囲現役の家族に面倒、お世話をかけないようにしたいものだと、車窓には幼い頃に連れて来てもらったたことのある須磨浦の明るい海を眺めつつ思う。

「須磨浜のかの日かさなるまぶしさを辿りて走る湾岸電車」

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(姫路駅前)
コロナワクチンブースター接種を先週土曜に打つ。今度はモデルナ、夕方16時に市庁舎で打ってママチャリで降りだした霙の中をギコギコ帰って来るとその2時間後には目の前に星が回り始めて布団の中にダウン。「ファ、ファ、モ!は一番酷いパターンと皆言っとるね」とは娘の言葉、効果テキメン二日ほど熱が下がらず月曜日は有休にする。本朝、清水川沿いを散歩、梅の花に来たメジロを撮る。朝の光のせいでくっきりとは撮れないが冬もようやく終わったか。

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(朝日の左に恵那山)

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メジロ

喪明け、ワクチン接種後で自転車に出る。西北の山は未だ多くの積雪で白いのでせいぜい近い山の谷汲から大谷スカイライン方面に出る。昔はよく来ていたがここ1年以上は来ていない。寒いと思って長タイツ、長袖だったが道路の温度は20℃でむしろ暑い。なんとか花立峠に登って見ると遥か岐阜市内に4本のタワーが見える。また1本増えたのが建築中の36階建てでその他マンションばかりがニョキニョキ増えている。実際市街を走ってみると販売中看板をよく見かけ入居開始後も長く広告も下げていない。単純に売れ行きの問題よりも供給過多、または相当に値段が高かくなったと推察する。今年初めての山岳コースを約3時間で無事帰宅、サイダーで一服。
53.78km 2:54:29 18.5k/h 獲得高度319m
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諏訪哲史の「スワ氏文集」を読了。これは新聞、雑誌のコラムをまとめたもの。ずいぶん前に、新聞にちょっと面白いコラム欄を見つけ好んで読んでいたのがこれで、突然無くなって残念だった。その当時も、今も関心を持って読めるのは、この地方の老人言葉を何ともユーモラスに解説されているところ。「ええ日んなったね」「ほおだなあ」「あんれまあ、風つよにゃあか?」「そんなことありゃせんて」「よお降るなも」「ビタビタだわ」「でえれーえれーげー」など基本形。義父母からこの方言を初めて聞いた時は驚いた記憶がある一方で、販促の電話対応によくこの手の言葉を使いアホらしい笑いを誘って穏便にお引き取り願う実用性もある。若者の言葉編、「だよねー、つかー、そんなの知らねーしキョウミねーし、かなりひく萌ギャグかましてくっしー!」「この羊羹うめーし」「チョォー激眠」など用法が理解しやすく書いてある。他方、東日本震災後のコラムでは、勇気や感動や元気を与える的な記事を安易な「無被災者病」とシリアスな指摘もあり、約10年前のコラムにして現在も通じる内容が多いと思う。多彩な文体を用いられる著者の小説を読んだことはない。ただ、ひたすらユーモアな随筆も必死を絞り出すような真剣さで執筆されているものと北杜夫氏が書かれていたのと同じく想像しながら読んだ。

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