多難の越年、初乗り犬山往復ride(52.7km)、吉川宏志氏 歌集「夜光」読了

年末に所用のため息子殿が一時帰国する。奥さんは東京に向かい合流して近づいた娘殿の誕生日などを行う。楽しきことは良きこと哉・・。私は連日、深夜に至るまでの設計作業を行うものの半導体としてのワーストケースのシミュレーション結果がどうにも悪く未だ終了が見えぬ。息子殿は奥さんと12月22日に岐阜に帰ってくる。息子と色々な話、友人のことやヨーロッパサッカーのことサイクルロードレースのことなど、普段耳にすることのない現地の話は理屈抜きで楽しく、気詰まりだった日々の息抜きの時間になる。今回、土産はウイーンのスパーで売っているビッグサイズのシュトーレン。家への土産に気を使うこと無かれ・・と伝えていたのでこれで十分だが「かし是」のシュトーレンの2倍以上と見た目にも大き過ぎる。そんな折、クリスマスイブになって奥さんがインフルエンザに罹患していることがわかり家庭内で厳戒態勢の隔離状態になるが非情処置も仕方ない。申し訳ないことに息子殿には親らしいクリスマス行事は何も出来ず、むしろ休みも働いている私に気遣をくれつつ28日にはウイーンに戻るべく羽田から感冒にもかからず元気に出国する。

その28日から年末年始休暇が始まったがその日は毎年恒例の旧同期の方と忘年会に参加。翌29日、年末のご挨拶に姫路の実家を往復する。ずっと無沙汰していたが母と兄夫婦のみなさんは元気だった。その日も岐阜に帰着後は深夜まで仕事。その後も元旦の初詣を除き終日の正月返上で設計作業は続き「もう体持ちまシェン」。新規性の高い開発案件だけにどうしても最大の問題点の把握に時間がかかり、その解決方法も手探りでどれだけ時間があっても足りない気がする。何年経っても負帰還回路は非常に厄介だ。途中から「時間で解決するか?出来るところまでやってダメなら仕方ネエダロ」という半ば諦めににた気分になる。1月5日、9日間の休みは悲しみ多くあっという間に終わる。明らかにオーバーワーク。年末から娘殿は友人とメキシコ旅行に出ておりカンクンやインカ文明遺跡の暖かい風景写真がポツポツ舞い込んで来る。「あぁ・・ホンマにエエなぁー」若いということは。日々、地獄の山と谷を浮き沈みしつつ睦月、1月も月末に向かう。1月22日、米トランプ大統領就任、あのテキサスで大雪らしいがTVのニュースを見る暇も無し。このところ、就寝中に何度も足が痙攣を起こすなど睡眠不足も重なり精神的にも参いる。「そもそも工数見積もりとスケジュールがオカシイ」と嘆きつつ、顧客との妥協点を探り遅々とした仕事でもはなんとか形が見えるところまで仕上がってくる。1月25日、ロード自転車のロック鍵を失って長く探して出てこなかった鍵が不意に、初冬に着ていたカーデーガンのポケットからポロっと現れた。もう諦めていただけにいたく嬉しく、「昨今の凶運続きとは言えまだまだ捨て去られぬ希望は残っているか?」。この日、買い物の帰りに梅林公園に寄ってみると早いもので公園の入口に近い蝋梅は薄い黄い透明の花弁を開いて芳醇、微かな香りを流している。この冬の花、春告げ花の甘い香りはボロボロの身に沁みてありがたい感じがした。

「梅林の山かけ昇る風にのり鳶は独りを悠と愉しむ」

「悪きことばかりのみではあるまいを 失せたる鍵は意図せず出ずる」

伊奈波神社

(蝋梅)

体調維持のため運動はずーっと控えていたが翌1月26日、久々に時間が出来て遅ればせながら犬山へ初乗りに出る。早朝にsimを走らせ結果が出るまでの5時間を使う。体も精神も疲れはあるものの8:30にスタート、このコースの負荷は少ない。いつものように中山道から各務原を通って木曽川左岸CRを東進。江南に入ると駅伝大会でサイクリングロード(CR)はこのあと閉鎖するらしく帰路はどうするか?と思いつつ犬山城を目指す。犬山城下の外資になったホテルの庭に山茶花の垣根が美しく写真に収める。岐阜と違ってここはインバウンド客の姿が多い。羨ましいものだ。帰路は愛岐大橋を渡って右岸に出て堤防を走ってみると意外にもドンドン行ける。各務原の「わたしのパーク」というエイドステーションっぽい施設もあってそこからは河川敷のCRをひたすら走り笠松まで到達できた。詳しくは見ていないがこのエイドステーションは面白そうなMTBコースもあった。木曽川右岸にもCRがあることを発見できて良かったが左岸に比べコースの見通しが悪くクネクネしてスピードが出せないので何もなければ左岸を選択すべきと思われる。
52.75km 2:23:08 22.1k/h 36.3kmax 獲得135m
https://strava.app.link/AsHfgOo1sQb

木曽川伊吹山遠望)

(わたしのパーク)

1月31日(金)娘殿、メキシコの土産などを持って帰岐阜。前回はドクロの縁起物だったたが今回はコヨーテの置物らしい。相変わらずカラフル也。これで一体800円ほどらしくちょっと高く思うが円安もあってそんなものかも知れない。いよいよ2月に入ると自分の眼科手術日がすぐに迫って来る。

(コヨーテ3体アリクイ1体)

1月19日 吉川宏志氏 歌集「夜光」読了。氏の歌集はちょうど一年前の「石蓮花(せきれんか)」以来2冊目。平易な言葉でさらりと表現されていて且つ表現的にも好ましい印象があるので図書館で借りて来た。90年代半ばの作品、歳として二十台半ばということで二昔前の時代になる。若い家族の生活や時間、家族が増えていく光景など共感するところ多々。歳を重ねて振り返るとそうでもなかったと思えることがその時の当事者としては一生懸命だったことなど思い出す。終盤、歴史教材に南京事件を取り上げるかの場面として社会詠が一連としてあり著者の現代にも続く社会的な一面が現れている。

「つくられて間もない家族 鳥鍋を囲みて顎の大小うごく」
「雪の日にからだのまとうさびしさをこすり落として家に帰りき」
「泣きやみてしゃっくりをする子と歩むまだらに残る川辺の桜」
「石段に水のあかりの揺らぎおり疲れのふかきわれが座りぬ」
「借金のつくる不思議な時間かな三十年後の藤の花まで」
「戦争を紙で教えていたりけり夜光の雲が山の背をゆく」
「遺族にも濃淡ありてびろーどの秋の陽射しのなかにならびぬ」
「山あいを速度をあげてゆくバスにまばたきのごと新墓(にいはか)はすぐ」
「われはひとつづきのときを生きながら幼き日より山影のさす」