ride:迫間不動(62.7k)、4/26三川公園(75.2k)、5/3奥伊吹スキー場(93.8k)、多治見陶器祭その他、諏訪哲史氏「昭和の少年」読了

長年使用した陶器が相次いで欠けたり割れたこともあって補充とバージョンアップを兼ねて買い出しに陶磁器のご当地、多治見の陶器祭に出かける。私は初めてで混み具合も不明なので7時半に家を出て下道で尾張パークウエーを使うと9時前には多治見駅北の駐車場に到着できた。さてメイン会場の織部ストリートはどこか?迷いつつ激混みの通りを見つけて無事到着。いかんせん間欠性跛行の私は休み休み自分のコヒー、マグカップ、湯呑を探して歩く。見ればピンキリ、明らかに芸術的なものは別として数千円台の違いがわからず適当に自分用に数千円台のを購入する。奥さんはもう少し良いのを買ったようだ。露店で軽食のあとは虎渓山にある灯屋というカフェで一休み。ここは緑陰のテーブルで森林浴気分が実に良し。折角なので近くの虎渓山永保寺も観て帰る。ああ、それにしても距離の長い歩行は坐骨神経が痛む。

(灯屋の庭)

(虎渓山永保寺)

4月19日ride。腰痛はあるものの平坦路の自転車はまだ楽なので運動不足解消のために犬山から迫間不動を目指す。6:10にスタートしいつものように木曽川を渡って左岸CRを東進、犬山城をくぐって鵜沼へ左折。鵜沼宿からゆっくり登坂を開始。晩春、低山とは言え新しい葉に陽光が射して爽やか。一旦は頂上のトンネルを抜けて関市側へ下ると坂の終わるあたりに芝桜が一面に植えてあったので思わず撮影。これはなかなかいい。しばし休憩のあと坂を登り直しトンネルを越えてそのまま苧ケ瀬池方面に下り木曽川CRの右岸に出て帰ってくる。木曽川CRの右岸はクネクネカーブが多く単調な左岸の方が走りやすい。62.69km 3:08:57 19.9k/h 47kmax 獲得437m

4月25日友、東京より来たる。翌日の清流ハーフマラソンに参加される。マラソンのゲストは豪華らしい。毎回の岐阜の名所を案内しているが今回は大垣。その前に昼食はソウルフード更科の「冷やしたぬき蕎麦」を食す。一路西へ、大垣の奥の細道会館へ。松尾芭蕉の奥の細道結びの地、というのがここの由緒。周囲の風情ある水門川、大垣城をグルリと見て回り船待カフェでゆっくり近況、これがとりわけ楽しい話題あり。17時過ぎに「ご健闘を」と宿にてお別れ。

(大垣城前)

4/26ride。6:15にスタート。今回も平坦路中心で三川公園を目指す。曇りの予報が晴れてマラソンには厳しいかも。今日のウエアは20年以上前に買ったオランダ、ラボバンクチームウエア。今もしっかりして勿体ないので捨てられずにいる。当時は扱うショップも少なく値段もそれなりにした。最近はネットにファッショナブルなものが溢れているがファストファンション同様にすぐに伸びて痛みが早いように思う。昔のは素材がしっかり長持ち、かなり時代遅れ感が漂うウエアを見た年配ローディーに「おーそれ、それ懐かしいッスねー」と話がはずんだこともある。海津の背割り堤からは高速走行で八時前には公園到着、残念まだ開いていない。休憩後に早々帰路へ。TTバイクの特急ロードにぶち抜かれるがこちらも追い風で区間平均34km/hとそれなりに高速で無事帰着。

75.24km 3:04:57 24.4k/h 37.7kmax 獲得332m

翌27日早朝、北海道沖で地震あり。散歩から帰って公共TVのニュースをつけるとずーっと同じ文句と画面を切り替え延々繰り返すのみ、あれあれ地方の天気予報もやらないみたい。受信料を考えるとなんとも紋切型の幼稚な対応ではないか・・毎度こんな時こそ得意のAI放送で十分かと?と思いつつテレ東の経済ニュースに切り替える。

カレンダー通り5/2から連休始まるが奥さんは旅に出た息子の部屋に泊まって掃除がてら自分の友人と娘に会うため東京に行く。私はその間仕事を少々、コソコソと掃除に衣替え、普段から言われている断捨離を断行する。金目のものはメルカリコース、自分の意に反して意外なものが売れゆき良いみたい。小さな小遣い稼ぎではあるがどうにも発送作業がやや面倒に感じるのは年のせいか。

「桔梗科の花言葉などを思いつつまずは断捨離タツローCD」
休日も生活パターンは全く変えず、早朝からの散歩で周辺から天満宮、清水川を回る。最近は周辺歩くがやや人増えたか?日々の街路の定点観測。通りはハナミズキの次にバラが咲いたりして季節が移ろう。近くの知り合いの家は今シニア向けに建て替え進行中で建物は出来たが、この前の話では内装材が入らず工務店からの連絡待ちらしい。所謂ナフサの関係なのかも知れないが十分足りてるという報道もある・・?が「木を見て森を見るべからず」でもなく今は「木を見て森全体を推し量る」力が必要かも。最近のオイル不足で印象が薄まっているが昨年はレアアースも話題になった。ニュースでレアアース(希土類)という言葉を聞くにつけ40年前を懐かしく思い出した。大学の研究室が希土類化合物をテーマにしていて試料棚には専門商社から購入した貴重そうな各種の希土類物質があった。銀ピカの試料の塊を溶解し化合物として結晶を引き揚げ(CZ法)⇒結晶面を出す。超低温の絶対零度付近まで冷やして電気抵抗測定する時は二晩程度の徹夜を要し、修行のような作業が身に応えたか今でも鮮明な記憶がある。当時は万事アナログ、人海戦術。若気の至り、最後の測定でうっかり寝落ちや記録ミスをせぬよう眠気に耐える修行僧のような体験は今もって懐かしい。あの頃もネオジウムは強力磁石材料だったが、総称的な「レアアース不足」というのは具体的に17種のどの元素のことなのか?ランタン、セリウム、ラプラセオ??・・よくわからない。どの元素が日本の南の海底で採取できるかもしれないと言っているのかニュースでは一向にわからず万事アバウトな印象しかない。

「清水川つがいの鴨は行き戻り岐阜駅ちかくの朝の楽しみ」

「雲を追い山を登ればツブラジイ金華の山は金に華やぐ」

(道脇のバラ)

(水道山方面ツブラジイ)

ride、5月3日は垂井の南雲大社にデポして奥伊吹スキー場を目指す。午後は雨予報なので早朝の6:25スタート、小寒い風がある。いつもの中山道を柏原宿まで走り右折し県道40号を目指す。野一色の信号から眼前迫る伊吹山の西側を縫って山中へ入っていく。やがて茅葺屋根に似た集落がポツポツ現れて鄙びた雰囲気になる。姉川ダム付近の登りからで同じ車種の車が列を作ってブンブン追い抜いていく。後で聞くとスキー場の駐車場で「カムリのミーティング」という催しだとか。全国津々浦々のナンバーが横を通り過ぎ登り坂を必死にペダルを回している私としては予想外のせわしい道路事情となる。やがてスキー場が見えてゴール。しばし羊羹の休憩。見ると奥深い山中に車の行列ができているがこのミーティングの良さって何であるか?。40号は山東本巣線というからに山の県境を越えて岐阜県本巣に繋がる計画だったと思われる。帰路の途中に脇道、七曲峠というのがあるのでゲットする。但し崩落で進入が憚られたが自転車を持ち上げてクリアし伊吹山の西に出て集落をぬって野一色まで戻る。11時前、有名な伊吹蕎麦を食べるため立ち寄ったが甘かった。うーむ、開店前にして長蛇の列、いやはや連休は厳しい。昼からの雨予報にこの日の夕方は旧会社の方との会食もあるので遅くとも12時までには帰りたく落胆の心を叱咤して先を急ぐ。関ヶ原付近で早くもポツポツ来たが12時過ぎに南宮大社に帰着。90km超、よく腰が持ちこたえたものだ。しかし魔がさしてstravaは悔恨の蕎麦屋で押し忘れ、幸い七曲り峠は記録に残った。
93.76km 5:13:23 17.9k/h 49.5kmax、獲得1200m

「破風に水の文字を掲げて山ふかき近江の北に古き家並み」

(伊吹山石灰鉱山)

(スキー場頂上は岐阜県境の品又峠)

(カムリミーティング)

(七曲峠頂上、荒れ気味)

(蕎麦の里伊吹)

5/9 諏訪哲史氏「昭和の少年」読了氏の本は「諏訪氏文殊」というエッセー以来久々。何かの媒体で氏の新刊を知り、同じく昭和生まれ、氏より6歳年長の自身にとっても関心が湧いて購入、第1刷だった。最近昭和という言葉をよく耳にする。ノスタルジー的な流行りなのか?とも思うが我々の親の代の初期と戦後の年代によって受け止め方は一様単純ではないはず。内容的には40年代以降について氏独自の視点で生活感をテーマにあれこれと書かれていて古き良き昭和を感じる部分も多々あるが、決して昭和礼賛的なものでもない。中ほどに??十傑と??を変えて何種か出てくるがあまりピンと共感湧かず、やはりご当地名古屋弁の自虐的な部分が相変わらず楽しい。「アボガド式搾取」のツケ、という章で現在に続く「今さえよければ」という資本主義、帝国主義?的な地球の搾取がますます社会の衰退を早めるという悲観を述べられているが全く同感。昭和から続くこの資源消費資本主義の歯車はなかなか止められない。もっとも今や国や社会、個人のレベルのタガが外れ利己主義にモラルが崩れているようでとても楽観とは思えない。