ride:花立峠(56.8km)、リハビリ墨俣城(33.3km)、カワセミ記その他、木下龍也氏「オールアラウンドユー」読了

今年は久ぶりに立川志の輔と桂文枝の「春待ち二人会」という落語会を見に行く。十数年前は毎年見に行っていたが、多忙に京阪奈に赴任して以降は遠のいた。年始に岐阜市のチラシをみて何となく行きたくなった。2月22日午後、ママチャリで市民会館まで20分程度。会館に近くなるとそれらしい人がゾロゾロ歩いていて和服姿のご婦人が多いのには驚いた。昔もそうだったっけか?面白ければいいので安い二階席で見たが周囲も含め席はほぼ埋まっていて盛況に見えた。前座にご両人が二席づつの演目で大いに楽しめた。たまに落語、寄席というのも良いものだと思った。

2月28日、晴れ、自転車。今年初めて谷汲の花立峠を目指す。防寒ウエアで朝、6:40スタート。しかし向かい風でしかも暴風クラス。20k/hそこそこでペダルを強力に回すが強風でハンドルを取られるのでむしろ危ない。谷間に入ると更に強風、鹿穴峠をやっとこさ越えて左折すると風向きが横からになり負荷が少し軽くなる。谷汲の奥の山はまだ白く冬景色。昆虫館で休憩し花立峠に向かうが思わぬことに道路工事らしい。ゲートを越えて侵入するも道路の大半が無くなった所もあって自転車は抱えてクリアする。看板には工期は3月までとなっていたがとても終わりそうもない。歩く人しかいない山道を下り大野町から追い風の30k/h以上ですっ飛ばして帰ってくる。9:50着。花立峠が使えないとなると谷汲方面のコース選択肢が減ってしまいこれは困った。
56.80km 2:47:23 20.3k/h 37.7kmax 獲得384m

最近スマホ決済をやめる店が出てきて改めて現金を手にする機会が増えて来た。未だ新札には慣れておらず、いざレジと言う時に財布を覗いてマゴマゴ・フニャフニャ・・老眼の進んだ目で良-く絵と数字を確認しないと危ない。キャッシュは不便だと思うが手数料の問題があるそうで仕方がないようだ。システムに乗せて普及した後で使用コストを増やす言うビジネスモデルなんだろう。往々にして将来はAIソフトなどもその危険性はある。

今年は花粉の飛散も早く症状が早くから出て来た。アレルギー薬を処方してもらうため近所の内科に行く。すっかり白髪の先生は「今年は早いんですよ。私もだいぶ前から飲んでます」と、おもむろに血圧を測定しながら「お仕事は何されてますか?」と問われ私答えると「ほー半導体!今は経済や安全保障に大事なやつやねぇ。こらぁまだまだ頑張ってもらわないと。」と思っても見ないことを言われる。今まで半導体の開発が注目や関心を集めたことはなかったのにこの歳に来てまだまだと言われるのは哀しいものあり。事実、体のあちこちに問題が出てきていて健康診断の結果は思いのほか悪く再検査項目が何点もあった。眼科は専門病院にかかっているがそれ以外の内科系の何点かは拠点病院にお世話になる。2月のはじめから内科3つほど受診し検査を合わせて3日ほどがつぶれた。検査の一つにMIRがあったが日頃の仕事の疲れからかうるさいはずのMRI装置のなかで寝落ちして起こされたのは笑えないほどの耄碌かもしれない。加えて去年の落車で打った右上腕の痛みが治らないのと仕事で長時間座ることで腰痛を発症し体がいたる所ガタガタ。高血圧の薬も加わり毎朝の薬が増えて錠剤がテーブルからコロコロと落ちるのを探すのが日課になってきている。もう念のためエンディング**を書いとかにゃあかんかも。健康のため腰痛を押して朝夕の散歩は欠かさず清水川へ。この時期にカワセミを見るのが数少ない楽しみで今年も写真が撮れた。野良のシマも撮れたが腰痛とは無縁のように元気そうだ。

(カワセミ)

(ノビノビ体操)

3月15日、腰痛の回復具合を確かめるべく2週ぶりに平坦路を墨俣城と岐阜城を巡るコースでride。7:30にスタート。朝は7℃と寒く速度控えめで西進し堤防から長良川河川敷に入り南進。河川敷には鶯が多くあちこちで鳴いている。ほどなく墨俣の城に到着。史実とは違う近代的なコンクリート仕立て。墨俣から長良川左岸の堤防の集落側に下りて走るとやがて菜の花の群落がある。今日の目的でもあるがすっかり春景色で満足。河川敷に戻って岐阜公園を回って帰ってくる。平坦路では腰痛は問題無し。天満宮の桜は一足早く咲き始めた。ソメイヨシノの開花も近い。

「ふり向けば風に煽られ絵馬の音 鳥居をとおしてくる春一番は」
33.34km 1:36:33 20.7k/h 34.3kmax 獲得179m

(奥残雪の伊吹山)

(長良川堤)

(天満宮桜)

また中東での戦争が始まった・・いや、1年以上前のガザの戦争とは地続きではないか。関口宏の「一番新しい近現代史」を見て思うのはブロック経済、帝国主義的な世の中に似て来たのでは?ということ。特にイランとなると資源が危ないのでは・・?と思う。その昔はトイレットペーパー騒動のも記憶がある。彼の地にはホルムズ海峡の難所もあるので、成り行き次第でまあ普通じゃなかろうと。ニュースではドバイ経由航空路線が止まったようで足止めの人も旅行や卒業シーズンもあって多いそうだ。丁度昨年の今頃、息子殿はウイーンからエアチャイナエアの北京経由で帰って来たがロシア上空を飛べて案外その選択の合理性に感心した記憶がある。今は渡航自粛に減便されて中部国際空港ではその選択は難しい。安かった南回りが止まった。こんな時のためにも可能な選択肢を維持しておくのは大切に思うが。石油関係も値上がり始めている。北向きの仕事部屋はまだ寒くファンヒーターの灯油も買い増し車のガソリンも入れておく。こんな時に円安に加え国債金利も上昇しているが前ほどニュースにはなっていない。以前ほど報じられないことが反対に居心地悪い気もする。

「テヘランの映像流れてまた一つ野心の前に言葉は無力」

木下龍也氏の歌集「オールアラウンドユー」を借りてきて読了。氏は「あなたのための短歌」という依頼者からのお題をもとに短歌をつくり個人販売をされていたのが一風変わっていて関心があった。表題の通り二人称、あるいは誰かに向けて語りかけるような内容が多いと思った。口語ではあるが作者の感性なのか理解が難しく考えてしまう歌が多かったが、まあ理系人間の悪いところで意味とか理屈に傾いた凝りや自身との年の差もがあるのかも知れない。NHK短歌の選者をやられていたが先日のゲストに吉川宏志氏をゲストに招かれているのを面白く見た。真摯で誠実な感じがした。あとがきに「部屋に一輪挿しを絶やさないようにしている」とある。自身も一輪挿しの花が好きで特にこの時期、椿はポトリと花を落とす姿が何がしかの余韻を持たせるようでしんみりとした気持ちになる。
「風にだけ読める宛名が花びらに書かれてあってあなたへ届く」
「詩の神に所在をとえばねむそうに答えるAll around you」
「空席がすばやく埋まる東京でだれが消えたか思い出せない」
「細長い花瓶の底にこびりつく花の無念を洗えずにいる」
「いきてみることが答えになるような問を抱えて生きていこうね」
「グローブのかたちの雲にいちはやく気付く万年二軍の補欠」
「終わりだけ記念日となる戦争が馬鹿だからまた始まっちまう」
「爆発のあとのけむりのむこうから無傷のままで登場したい」
「あの世でも死にたかったらどうしよう 太ってほしいひとのいた夏」
「一輪のどうしても手に見える葉の二枚は残し西日に飾る」

ride:犬山詣(52.99km)立田大橋(76.7km)、run:雪の金華山DW(11.39km)、蝋梅記、吉川宏志氏「雪の偶然」読了

1月中旬になって岐阜市から見る西から北にかけて山々は白く自転車rideはどうしても南東方向中心になる。厳冬期がやってきた。1月18日、自転車で犬山へ出かける。この時期の恒例行事になっているが成田山を回って帰ってくる。昨日までの黄砂が去った、、という話だが空は霞んでいる。中山道から各務原、江南に出て木曽川CRを東進する。ローディーにランナー多い。犬山に着き回り込むようにして成田山に登ってひとまずお参りを。いやー賑わってます。見ると歩いている人が異常に多い。どうやらJR東海の爽やかウヲーキングというイベントらしく見るからに初老から若きに至るまで似たような格好、おしゃれな人は有名なアウトドアブランドを着て歩いている。同世代と思えるような人も横切る。ああ、何年かするとワシも・・、いやいや自転車乗りのワイは集団で歩くようなことはなかろうとも思う。帰りは犬山城を抜けて木曽川CR右岸に渡る。S-WORKSの高級自転車を抜いたら数Km後に反対に抜き返され、一連のラリーで疲れる。このルートに鵜沼の迫間観音を加えて計60kmくらいが丁度よいか。
52.99km 2:20:13 22.6k/h 39.3kmax 獲得203m

(犬山城)

例外なく今年も寒い日には雪が積る。岐阜駅までの道脇に雪だるまが作ってあった。ああ、子供さんがいるということで何となく微笑ましい。毎土曜は買い物ついでにパン屋「かし是」で食事パンを購入しているが先週は客が多く売り切れていた。店主さん曰はく、最近女性雑誌関係?か何かのSNSの推しでブレークしたたらしく早々に売り切れるそうだ。ヤレヤレということで今週は焼きあがる前に注文し、一旦買い物に行くことで無事購入できた。その後に長良に回って山田珈琲で試飲しながら豆を購入する。天気が良く、梅林に戻り蝋梅を見を見る。他の梅は蕾でも一足先に薄黄色の花が香りよく咲いていた。やはり蝋梅は良い。

「寒風の雪溶けのこる梅林に素心蝋梅ほのかに匂う」

「ああ、選挙またも騒がし界隈におりし野良ねこ昼寝もできず」

自宅用PCが非力になっているので買い替えを考えていた。今は祝園単身赴任時に買ったmailを見る程度の軽い用途向けで約5万円クラス。メモリにSSD容量に昨今はさすがに苦しくなる。まあ7年も持ったので十分元はとった。湯之上氏の記事にもAIチップ爆裂でDRAMが高騰するとの話もあったので1月早々には機種選定をして購入した。文字通りPC価格は昨年から上昇している様子。ITインフラ系は長持ちさせるためにスペック高めを選んでケチケチしてはいけないと思っている。まあipadで十分という話もあったが、事務処理などにも使い使用頻度で割ると予算的に大きすぎるとも思えない。仕事と同じくLenovo製。元IBMとは言えLenovoも中国製だが不自由や不足は全く感じない。きょうび気がつけばTVを始め電化製品は諸々が中国製に置き換わって同業界に身を置いた者としては寂しい限り。仕事上で垣間見る彼の地の働き方はアグレッシブで技術者の数も若さも追いつくのはなかなか難しいかと毎度思うばかり。

2月1日、朝小雪舞う。路面危険なので自転車諦め氷点下の寒さの中を金華山DWまでrun。山道は氷雪に滑らぬよう用心しながら石段を駆ける。展望台で一息、下界からは衆議院選挙の街宣カーの声が聞こえる。雪で通行止めなのでドライブウエイには車も人もいない。頂上からの帰り道、水道山分岐で何故か若いカップルがいて声を掛けられ一旦停止。聞くと中国の方らしく上下モンベルでビシッと決めた登山姿、今は豊田市で働いているそうで今日は登山に来たとか。英語で岐阜城へ行き方を聞かれたので咄嗟の英語で「ここ水道山、このピークを越えたもう一つ向こうの山の頂上が岐阜城ネ。アナタガタ、ベリーベリーラッキーヨ!雪の岐阜城ワンダフルネ」と説明。一応大感謝されたが果たして岐阜城にたどり着けただろうか・・。帰宅、シャワーを浴びると冷えた体が湯で真っ赤になる。
11.39km 1:38:19 8:38/km 獲得180m

(登り始め)

2月15日、眠りも浅く早く起きてしまう。寝るわけにもいかずゴソゴソ準備して今日は自転車rideで長良川背割り堤の立田大橋に向かう。寒いのでウインドブレークジャージ上下にシューズカバーにカイロ。6:42にスタート。今嶺の堤防から河川敷を見てギョッとする。カメラマンの三脚がずーっと穂積大橋までつながっている。聞くと「コミミズク」なんだそうだ。これは帰りにちょっと見てみるか・・と先を急ぐ。ほぼ無風と思いきや北西の微風があり帰りが少々難儀する。背割り堤はほどほどにローディ多し。立田大橋で三川公園タワーと鈴鹿山脈の銀嶺を写真に収めてトンボ返り。途中でショップelmoの日曜ツーリング隊に遭遇する。穂積大橋まで帰ってくると更にカメラの人が増えているような。私は要領を得ず、隣のでっかい望遠レンズのおばさんににいるのか?と問うとファインダーを覗かせてくれ「見てみィ、おるでしょう・・橋脚んとこ。ホレ今飛んだぁ」「オッ!オヨヨ!ホンマや」と私。「・・・オ、、オヨヨ・ゆうてあんた・・わりと古かぁ人やがねギャハハ」笑。コミミズクはこの辺りに4羽いるらしいが大人気のようだ。調べると鳥にしては人間ぽい顔で可愛いのかも。置いてある車を見ると東海、近畿、北陸ナンバーまで遠方のナンバーを見るにつけ、ああ平和やなぁ~と思う次第。スマホでは限界があるが撮影成功、岐阜野鳥の会幽霊部員の面目を保つ。
74.66km 3:05:46 24.1k/h 37.1kmax 獲得339m

(立田大橋、三川公園)

(枯草の山の上にコミミズク立つ)

(河川敷)

吉川宏志氏の「雪の偶然」読了。この歌集は同氏の「叡電のほとり」と同時に購入したもの。叡電・・が日記形式だったのに対して同歌集は迢空賞受賞作になっているのでやや高尚そうな予感していたがその通りで内容にやや難と思うところあり時間はかかった。まあ一首の滞留時間が長いことは良いことらしいが。2015年以降の作品ではあるものの部分的に平成の各年1首づつ収められたりしている。比較的に平易な言葉で沖縄やデモの社会詠や母親の死、家族や仕事などが詠まれている。特に自身の体験としても共感できたのはコロナ禍の社会や会社での色々な出来事、特に退社される諸々心情に感じるものがあった。個人の人生の道行きは周囲の社会とは切り離せない、影響を受けざるを得ない。国、時代、社会、コミュニティがどうであるかに多かれ依存してしまう。改めて〇×ガチャという言葉は軽はずみに思えない気がする。
「黄の蝶がぎざぎざに宙をとびており家とは秋に年を取るもの」
「人々はあまり知らぬまま決まりしと後の歴史は書くか 書かれむ」
「ただいま、の声は今でも幼けれ梅雨の夜更けに娘は帰り来る」
「貧しくなりされどもかつての貧しさに戻れぬ国よ川に降る雪」

「ふくらみの足りない雪が降りはじめ朝の椿の葉を濡らしゆく」
「老いの人のなべて決めゆく国にいて老いたる側に近づく我か」
「<一身上の都合>にすべて収めたり指冷えながら便箋を折る」

「二十六年過ぎてしまいぬ大根を擂りつつ二人の暮らしに戻る」

ride:走り納め(57.0km)初め(43.0km)、忘年諸々、帰省と有馬行、大村大次郎氏「亡国の脱税」読了

年末は12月27日から休み。ある程度忙しい。まずは27日、岐阜で自転車の会で忘年会。走行レポートをやりとりしている先輩方お二人と岐阜でこじんまりと今年のの無事を祝う。もう年金支給対象者なので色々と社会的な教えをいただくこと多く大いに笑って楽しい。新しいルート探索などの話もあったが今は何より熊の出没、命あってのrideと行動制限が気になるところ。不審者の目撃地点と熊の目撃地点は重なっていないそうだ。
12月29日、忘年会の第二弾は尼崎の会。京阪奈に居た頃からの不定期開催で約2年ぶり。半導体設計、日本で生き残っている方同士なので昔話、近況の情報交換も含めて自身の栄養になる。自分も相当にくたびれて来たがまだまだ現役バリバリで尊敬の念あり。それにしても尼崎のお寿司屋さんは相変わらず新鮮で美味だった。還暦過ぎのこの期に及び屈託なく話して笑える数少ない知人は財産とも思える。この日午前、大阪駅近くの「葉ね文庫」を訪れる。週に数日しか開いていなので閉まっていたが、以前一度本を注文したことがあるのと古びたビルや店が以前「小さな旅」というTVで流れたので興味があった。中崎町界隈は意外と人通りがあった。午後、大阪に来たので甲子園口の親類宅を訪問する。少し前に姫路の母を見舞っていただいていた。阪神間に3名おられる母の姉妹も昨今何かと病をされているらしくくれぐれもお気をつけてと、お礼の気持ちなどお伝えする。あれこれ約2時間ほど楽しく話して辞す。

「四十年近く付き合う人たちと笑える時のかけがえのなさ」

中崎町界隈)

12月28日(日)、走り納め川島屋の草餅買いrideに向かう。娘と息子は31日に帰ってくるので是非懐かしく味わってもらうためにリュックを背負っていく。午前中は年末の買い物だったので12:45にスタート。無風と思っていたが西南西の風が思いの外吹いていて往路は厳しかった。長良川左岸から大藪大橋を渡って平田のおちょぼ稲荷を目指す。連休で稲荷神社は激混みで近づけず川島屋へ。いやいやここも混んでいてレジ待ちの列が長い。見ると大勢のジジババがガンガン買っていく。田舎のちょっとした名店かも。草餅2パック計20個をトレイルランリュックにねじこんで復路スタート。車の少ない輪中堤の上を選択して走るが横風は益々強い。16時前に帰着、買い物を兼ねた走り納めになった。
57.0km 2:25:46 23.4k/h 32.8kmax 獲得312m 

晦日、子らが帰て来て家族が揃う。夕食はニシン蕎麦を自分が作る。普段と違い4人分は少々大変だが美味しく食べてもらえたのは嬉しい。息子氏は東京からパンナコッタを作って持って帰って来てくれた。ええぇーッホンマニこれって趣味の領域なん!?と美味しさに驚きと感激。元旦は伊奈波神社に4人で初詣。去年からだったか入場者制限をやっているので寒い山影の中やたらと待たされて時間がかかった。西濃の白い山を背景に記念写真。TVは見ていないが夜、ウイーンフィルのコンサートだけはLiveを見て息子は色々と解説してくれる。若い人は話題が多くて楽しい話尽きない。

「あらためてパンナコッタを知るにつけ食べる喜びそして驚き」

(パンナコッタ)

(伊奈波社)

3日、天気も良いのでそろそろ走り初めにでも・・と昼から出かける。先の自転車の会で教えてもらった岐阜の七福神巡り、私は知らなかった。長良橋を渡って反時計回りにコースをとる。まずは岐山高校裏手の大覚寺の寿老人と福禄寿。意外と混んでいる。ミニベロの人がリュックから色紙大の厚紙を出して御朱印をもらっていた。この厚紙は買うのだそうだが、1月7日までだとか。次に福光の弁財天は吉祥寺、次に芥見の毘沙門天に岩田の恵比寿と布袋から最後の各務原の大黒天で終了。15時を回り急に寒くなる中を旧中山道で加納まで戻って来る。時間がないので私は触らなかったが七福神をペタペタ撫でているが利益があるのか?どれも像は小さかった。一周労せず回れたが自転車は1台のみ、少なかった。
43.03k 2:06:04 20.4k/h 44.3kmax 獲得203m

1月4日連休最終に有休1日で姫路へ帰省+有馬温泉に行く。家族全員で行くのは実に久しぶり。母や兄夫婦に挨拶し父の位牌に手を合わせる。母も達者、兄や義姉も元気そうで色々と話す。散歩がてら墓にも参り14時に辞する。4人揃って帰省することもめったにないので良い機会になった。姫路駅にて子らとB級グルメ明石焼きを味わい、15時の直通バスで有馬温泉に向かう。有馬は交通の便で姫路からは案外遠い。阪神間奥座敷でもあり多少の敷居の高さを感じていたが一度は泊まってみたいと思っていた。今回は家族がそろった良いチャンスで夏ごろに宿の予約を入れていた。バスは姫路から山陽道に入りウトウトして気がついたら西宮北ICを下りていた。山を切り開いた住宅街を通りやがて坂道から峠を越えていく。窓の外は松や広葉樹の雑木林、なんとなく実家近くの山の植生と同じようで懐かしい感じがする。太閤橋でバスを降り兆楽という宿に向かう。20%近い坂の上に宿はあったが見晴らしは良い。有馬は鉱泉、特に酸化鉄分で茶色いと聞いていたがまさにその通り茶色で「金の湯」と呼ばれていた。タオルに湯をかけると茶に染まり塩辛い味がする。もう一方の炭酸泉は透明で「銀の湯」。2種類というのも珍しく思った。特に金の湯がやはりググっジワジワ効いている感がする。温泉には3度浸かる。ホテルはまだ正月休み期間だそうで夕食も朝食も正月向け料理となっていて、お節料理のようで丁度良かった。翌日11時にチェックアウトし13時までは温泉街を散策。おお、ここは大した温泉街で店が並ぶ狭い坂道に観光客がごった返してしている。私は太閤秀吉が見つけたと思っていたが間違いで飛鳥時代から温泉地だったようで由緒正しく、蒸気が上がる泉源もあちこちにあり、実にええ温泉じゃなぁ~と思う。饅頭とジェラートなど食す。

「Feのまさにその色酸化鉄有馬に湧けるを「金の湯」と呼ぶ」

(源泉)

行基像)

荷物を駅に持って来てもらい13時過ぎに神戸電鉄で有馬を後にする。おや・・車両を払い下げてもらったか?車内は阪急と同じ内装のように感じられた。三宮から元町界隈をブラブラし、南京町で遅い昼食と懐かしい店でコヒータイム。その後三宮阪急で奥さんはピロシキを買って帰る。17時、子らは伊丹から飛行機なのでバス乗り場で二人を抱きしめて別れる。私たちは三宮から在来線を乗り継いで20時に帰着する。実家で兄が「もっと持っていけ」と大量に収穫した蜜柑が重かったが食べてみると結構甘い。今年は蜜柑の当たり年だとか。

「亡き父の植えし蜜柑は今年また多くの実をつけ生き続けおり」

神戸電鉄

(元町evian)

前回に続いて借りた大村大次郎氏「亡国の脱税」を読了。森永卓郎さんの本によるもの。タイトル通り、なるほど嘆息の多い内容だった。読み進むうちに私はナイーブか?とイヤになる所多々・・。世に節税コンサルタントという商売を耳にするが脱法スレスレ、文字になっていない法ギリギリの節税≒脱税?が比較的富裕な層で行われているという話。元国税局の著者は政治、宗教、公益法人、財団、富裕層、開業医投資家、大地主、多国籍企業などなど富裕で指導的立場の層の税逃れを指摘されている。旧態の法や政治とも絡んで既得権益化しているのだと・・。何ともやるせない話ばかりで読むのにも時間を要す。仮に海外展開企業のの現地法人の大きな配当から税を少しまともに徴収すれば給食無償化など容易に可能なレベル、増税も必要ないらしい。以前見た英雄たちの選択「明治の減税、地租改正」のTVで見た、「民から集まる租税は民が安穏に暮らせるよう公共サービスや保険として再び民に戻されるもの」という思想はそもそも最初から無いかのように思う。そんなこんなで、舌も乾かぬうちに真冬の解散総選挙の話が出た。選挙前の公約、必ずや減税や税制改革の公約が出てくるが公約通りすんなり出来たためしはない。AIを過去からの公約違反解析機として活用してほしいところ。まあ腐った饅頭を何度も買わされて懲りないのもどうか・・?と思うが。表向きはAI、技術、進歩と囃し立てても「越後屋とお代官さま」のような古い因習の方がむしろ社会遊泳に直接意味があるようでは今も後も明るいとは思えないが。読み物として少なくとも世の中のある部分で行われている実態の社会勉強にはなったが・・そういえば物価高騰対策施策の「お米券」がまだ来ていない、ワイらの「お米券」一体どうなってしまったか??

 

金華山DWrun:11.93km ride:37.04km、防寒諸事、大村大次郎氏「財務省の秘密警察」読了

11月24日、一週間後の健康診断に備えて減量のため金華山DWのrunに出かける。減量効果は自転車rideよりも走る方,runが断然効果大きいので。6:30スタート、長袖長タイツとウインドウベストを着用で一応寒くない。いつものように御鮨街道の名鉄を渡って柏の杜公園の螺旋階段から登坂を開始。厳しい急登を耐えてくぬぎの落葉の上を汗を流して走りやがて緩斜面に入る。順調に水道山公園からいつもの展望台に到着、順調也。先客の老男女数人が手術の話などで盛り上がる後ろでサングラスの汗を拭きながら休憩。山影が鶯谷に落ちる。再スタートして頂上まで登ると白人の外人グループに出会ったので「good mornning」とお互い声を掛け合って私は来た道を下る。下界に下りてから左折し加納方面に南下して無事帰還。run、久々にしてはタイムが良かった。体重も目標まで0.7kgと減少したのでオレンジサイダーに柚子を贅沢に搾り補給。ほどよい香りに美味しさは老境オヤジの小さな幸せ。
11.93km 1:40:38 8:26/km 獲得171m

金華山DWの紅葉)

鶯谷方面)

とは言え、減量にこだわるほどの肥満でもないが「結婚当初の体重に戻せ。今やれ!直ぐやれ!とっととやれ!!」と奥さんの号令以来、年一回の数字に対するこだわりで健康診断は気重なハードルになっている。今回、このrun後に体が冷えたせいか風邪気味になり体調が落ち込み約一週間を仕事は休まず葛根湯を飲んで凌ぐ。なんとか重症には至らず12月初旬、完全とは言えない状態で予定通りに健康診断を受ける。問題の体重は計画通り去年を更に0.7kg減少して今回の目標クリア。風邪はスッキリ治るまで更に2週間かかり、咳や鼻水をたらしている様子は煙たがられるので減量作戦も何かと副作用多く再考が必要。
12月に入り伊吹おろしの寒さ厳しく歳とともに体にもこたえるので北側にある自室とリビングの出窓を二重窓にするとリフォームを決断する。元々のペアガラスの内側に更に窓ができたので窓ガラスやサッシに結露も出来ず熱交換がほぼ遮断されているらしく冷え込んだ夜に効果を自覚。出窓は多少狭くなったが我慢のできる範囲で今はリフォーム費用に補助金がついてくるので結構助かる。帰巣本能のある哺乳類の一派である人としては住む所と住居は耐久消費財、車などに比べても飛びぬけて重要なアイテムと思っている。冷暖房や省エネの効率のためにも日本の構造物の断熱性能が上がって欲しいなぁと思う次第。寒日早朝に清水川沿い散歩。

「小さき目 吾をとらえて吟味する清水の川面を鴨すべりつつ」

12月13日、風邪から復活具合を確認するため金華山DWへ自転車rideに出る。まずは西進、今嶺の堤防から長良川河川敷に下って金華山に向かう。おお~、珍しく無風で川面に金華山が映っている。岐阜公園下から登坂開始、岩戸までを1.5往復。鼻水で息も続かず本調子にはほど遠いことを自覚。気温8℃で山下りはでは寒い。
37.04km 2:03:02 18k/h 35.1kmax 獲得537m

(逆金華山

この日、買い物ついでに早めの自身の誕生ケーキを加納中学近くのpisaraで購入。この店は奥さんが一度食べてみたいと言っていたが土曜しかやっておらず、午後には売り切れになることもある。ほどよい甘さで良かった。つでに自家製干し柿も一緒に食べる。これは一か月前に間違って渋柿を購入したものを奥さんが洗濯竿に一ヶ月間吊るして干していたもので形はイマイチでも味は美味。淡々とまた一つ歳を取り、そして年末を迎える。

「庭先にはや明滅のクリスマスツリーを見ればもう六十二」

12月19日、奈良西大寺の眼科病院へ定期健診に行く。車窓から見る柏原付近の伊吹山は白い。電車の車両が新型の315系というのに変わっていた。乗り心地は良いとして通勤用ベンチシートに変わっておりこの区間を走る割に風情が無くなったような。2月の手術の術後経過は順調と、見え方には大分違和感が残るがそのうち慣れてくると言われる。病院ロビーで精算を待つ間TVニュースが映っている。中国はGDP+4%で依然として回復遅れ深刻とか?いやいや、減ったとは言え4%もあれば十分高いように思う。自国のGDPは喫水線ギリギリでより深刻に思うが・・。昨今の仕事で依頼してくる大陸の顧客は依然として活発に半導体をTO(Tape-out)している。TSMCの十数nmクラスのchipを名も知らぬ会社が次々と。開発費高騰のせいか同レベルのchip検討は国内メーカーからは非常に稀になっている。半導体にAI分野、技術差は明らかに刻々と拡大していように思うが問題点を真剣に伝えるニュースは少ない。間違った常識に繋がらないか?ふと不安を覚える。

(車窓の伊吹山

年末まで2週間を切る。岐阜では高島屋撤退以来2度目の冬で上質な物を購入するということが益々不便になって一抹の寂しさあり。そんな折に名古屋駅名鉄ビルの解体が不調でメド立たず。名鉄に関しては岐阜駅も空きビル状態で再開発の予定立たずの報道があった。この数年で市中心部にも空き家、空きビル、売り切れぬマンションが目立ち急な地方都市衰退の姿をみるようで寒い。義実家の件で話を聞いた不動産業者氏曰はく、インフレで当初の目算が崩れコスト上昇の大きい高層マンション中心の再開発は難しいのではないか?と言う。前市長時代からずーっと懸案になっている岐阜駅北の再開発も影響大とか・・。時間は只ではない。これまでのような街づくりの方向性も曲がり角に差しかかっているような気がするが・・。残り一週間を切り宅内も正月向けの飾りに変わる。

大村大次郎氏「財務省の秘密警察」読了。一時期読んでいた森永さんの本で著者が紹介されていて今年の春、意味深なタイトルで新聞広告にもあったので図書館に予約していたもの。森永さんの「ザイム**」の流れのままに色々と詳しく内部事情を紹介されているが著者はその財務省の職員だったそうで信憑性は高いか?著者はこれ以外も同様の本を多々出版されているようだ。秘密警察というのはズバリ国税庁の税務調査官のことらしい。消費税導入の経緯や官邸との軋轢、記憶に新しい森友問題などをピックアップされている。世の中、知らないところ?、いやいや、薄々気づいていたかも知れないがモヤモヤ感のあった財団、法人、団体、大企業など税の抜け道など多々あることが書かれていて腑に落ちる。時々見かける税務調査のニュースの表裏の意味がわかるような気がした。読むに従い同時期に見た、英雄たちの選択という番組の「明治の減税、地租改正」の農民たちが今のサラリーマンに重なる・・ある種複雑な不公平感も湧いてくる。税⇒安穏、平等に暮らすためいずれは公共の財産として戻って来るもの、という考えがあったらしいが、民を愚民とか言って違う方向に行ってしまったらしい。最初が肝心、ある意味現代にも通じるようで、よく知り、学ぶ必要があると感じる。

「画面からその場その時真贋のわからぬインフォにただ迷いつつ」

ride:大茂山周回(58.3km)、高尾山行、紅葉狩他、屋敷康蔵氏「住宅営業マンペコペコ日記」読了

アワイチ落車で負った擦過傷は治りつつも右手打撲の痛みだけは長々と残る。もしや、ヒビでも入ってないかしら?・・様子見、早や1か月。まだ力を入れると痛むし、多少の不自由でジムにも行けずにいる。今年は早々に寒くて、夏場からシャワーだったが11月に入って風呂を入れ始め、暖房も使用開始。暖冬と聞く割にどうしたことか?

「柿の木に日照雨が降れば風寒し小さい秋に揺れる青柿」

11月7日(金)、会社が創業20年ということで東京に集合し食事会が催された。10年前に入社した私としても11年目に入っている。昼に出発し名古屋ホームではドキュメントで有名になったきしめんを食し満足。昼過ぎにして人気だった。場所の豊洲は行き方がよくわからず少々焦ったが新橋からバスに乗ってなんとかたどり着けた。普段は全くのリモートワークなのでお会いできない方と直に会って話が出来て大変有意義な機会になった。自身の年齢からして次は無いかな・・と思いつつご挨拶する。その日は大手町近くのホテルに宿泊。ここは以前に来ているところなので夜道と言えども迷わずに到着できた。翌朝、ビジネスリュック1個を背負って人の少ない大手町をブラブラ東京駅まで歩き、大学の友人に会うために八王子方面、高尾山に向かう。あいにく娘も息子も以前から予定で詰まっていた。以前の中央線快速から車体が変わったようで特快高尾行は猛スピードで快適に走っていくが新宿からは結構遠いと感じる。電車の中で友人と合流。京王の高尾駅では既に混雑。都会の人と違って私には空気不足で窒息しそうな人の多さに見え、少々不安。山歩きの恰好でもなくケーブルカーの軟弱コースをとったが上の駅からも相当長く歩いた。紅葉が一部始まって楓は色づいて美しい。道中には茶店もあるがどこも混雑。山全体に何人いるのか?インバンド客も多くて一大観光地らしくやっと着いた頂上599mは道幅全体に人がいて満員御礼状態だった。残念、霞んで富士山見えず。帰りは稲荷山コース、メインルートではないらしいがそれでも木の階段を蟻の行列で下りゆく。13時を回り空腹に耐えながら無事下山、予想外のハードな登山だった。その後、八王子駅近くの中華にて食事と近況よもやま話をして16時にお別れ。新横浜まで行って新幹線に乗り換えウトウト、気がつくと三河安城で心身疲れていた。20時に帰着。都内の随一の山登りは凄まじいものがあった。

名古屋駅ホームきしめん屋)

(大手町にあった将門塚)

(都内埼玉遠望)

(激混み山頂)

11月15日(土)、ride、先日の谷汲、花立峠に次いで今週は鹿穴峠、大茂山周回に出かける。右の手のひらがまだ痛むものの様子見とリハビリ兼ねて走行する。忠節橋から板屋川沿いを北上。秋も終盤らしく山の落葉樹が黄色くなっている。鹿穴峠を快調に超えて金坂峠の頂上付近、大茂山入口で一休み、効果に疑問はあるが念のため熊鈴を装着。出現する確率は極低いはずだが・・。目の前の楓の木が赤く紅葉し、息は白く冬は近いと思える。左折して大茂山に進入。最初の坂、20%近い苦しい区間を26Tで耐えてやがて下界が見えてくると24Tに入れて順調に登る。頂上に行く枝道で降りて、チェーンを跨ぐ。クヌギの枯れ葉が一層積る激坂は最初のトルクをしっかりかけるよう場所を選んで28Tでスタート。なんとか頂上まで到着。晴れてはいるが霞がかって恵那山は灰色。枯れ葉に気を付けながら神海側に下って根尾川沿い。本巣の集落に入ってこの時期街道沿いにある柿の無人販売で200円を払いジャージのポケットに1袋ねじ込む。大方100円か200円で近県、愛知ナンバーの車も多く狭い道に横付けしガメッと買って行くのであちこち渋滞している。まぁこの時期の風物詩のようなものか。このところ無人販売は増えているように思うが。10:20に帰着。
58.3km 3:18:15 17.6k/h 獲得794m

(大茂山山頂)

紅葉が進んでるらしいので11月16日に横蔵寺に奥さんと車で出かける。自転車ショップelmoのサイトでも紹介されていた今が真っ盛りらしい。この辺りでは一番の名所と聞くが遠い過去に一度行ったが記憶はない。10時出発、道の混雑を避けるため揖斐川町からトンネルを抜けて行くと駐車場はかなり混雑している。山奥のせいか空気はヒンヤリ冷たい。小川に沿って歩くとモミジが真っ赤に色づいている。これは良い、かなり美しく橋を渡るところ、緑、黄色、赤の三色が混ざってで大勢が写真を撮っている。山門をくぐると古びた塔が建ってなかなかにしてフォトジェニック。一応お参りして順路に沿って舎利堂に向かう。この寺の名物のミイラが安置されているが500円と有料なので外から覗くのみ。人の列についててぐるりと一周する。まぁここが京都奈良なら凄まじい混雑になると思うが外国人もポツポツ、ほどよき混み具合にゆったり観れた。帰路は谷汲方面へ抜けて久しぶりに外食でもと探したがどこも厳しい。次に来振寺の横にも回ったが人数待ちが長い。「あれぇ、どこも厳しいね。景気いいのかなぁ?」と奥さんも諦めたので家に戻って私が作るラーメン、いつもの昼食、これでも十分。

(横蔵寺参道)

11月25日、奥さんが応募していた銀行主催のクラシックコンサートに名古屋は栄に出向く。名駅はまだしも栄に行くことはめったに無い。奥さんはピアノなどちょくちょく聴きに出かけているが私は久しぶり。2年前の観光ついでのウイーンの学友協会以来になる。名フィルは良く知らないが会場には千数百人くらいは来ているようだ。カジュアルな服装がOKで気楽に聴けて良かった。クリスマスコンサートでもなくモーツアルトメンデルスゾーンベートーヴェンと割とベタな曲目だったと思うが、仕事後の疲れもあって交響曲5番「運命」でついウトウトしてしまった。特にバイオリンを聞かせる題目になっていたと思う。終演後に名駅ビルにある台湾の中華、鼎泰豊にて遅めの夕食をとる、21時。ここも席が埋まっていた。世の中、インフレで厳しいとニュースで聞いていても実際はそうでもないらしい?老いも若きもテーブルは笑い声も活況そうに見える。自分としては昨今のインフレにお金の価値下落は要注意だと思っていたところだが・・世の人の反応は違うのかも?生活物資あまねくコスト上昇して、来年にかけても値上げらしく、まあ素直に円安が元凶なのでは?と思う。コーヒー豆などは300g400円で買えたものが今は240gで700円近い。チョコレートもしかり、70g100円だったものが50gで140円近い。量も値段も変化するののでややこしいがコスト上昇は間違いないく物価上昇率の計算にはステルス値上げ分はしっかりカウントされているのだろうか?エンゲル係数は上昇、ひと昔言われていたトリクルダウン説はどこに行ったのか?

「木枯らしの冷たき世間を遮断してドアを閉めれば孤独の水底」

「「これだから」愛想つかし、叱られてシュトーレンを覚えられずに」

(何十年ぶりに栄)

屋敷康蔵氏「住宅営業マンペコペコ日記」読了。一連の日記シーリーズは図書館でも待ちが多いが、これは2022年6月初版なので少し古いせいか待ちが少なかった。職業が会社員、サラリーマンと言っても各々扱う対象によって抱える課題、現実の違いは大きい。職業人のリアルな日々がエンタメっぽく描かれて軽く読める。住宅の営業マン氏には転居を含めて人生の中で一度ならずお世話になることがあるのではないか。不動産販売は額が大きいだけに人生を左右する判断にもなるので営業マンの大変さは想像に難くないがノルマとか軍隊式とか該当の会社は私にはかなりのブラックに思われた。在籍約10年間の事象諸々が取り上げられ、過労死、ソフトボール大会にその後の飲み会とか急成長と言いながら昭和的な社風はプンプンする。新興成長企業の社風が新しいか?と言うとそうでもない。最終章にご当人は離職してローンの問題で自宅を売却する下りがあり、悲哀を感じつつローンの荷が下りてからの生活にむしろ幸福感があるというところに救われる。一方で昨今、懐古的なスポコン、パワハラ、人権軽視的ニュースが多くて気になる。通報機能強化で表沙汰になり易くなったのかも知れないが、我々還暦世代に馴染みの昭和の色褪せた風習が根強く維持され続けいるようでなんともなあ・・と思う。頼みは若手による変化へのエネルギーだが好みの経済アナリスト氏曰はく「若手が国際的になっていると認識してきたことだが、実は国内的に回帰する傾向が顕著=保守的」という認識を書かれていて年齢問わず、どうも最近は速度の対外差の開きには心配に思う。

ride:苦行アワイチ(155.98km)、湯河原温泉行、内田樹氏「沈む祖国を救うには」読了

先日姫路に帰省した際に姉から聞いた話から、故あってBS-TBSの「関口宏の一番新しい近現代史」という番組を見始めた。土曜の昼に毎週録画して奥さんと見ているがなかなか真面目にして面白い。高校で世界史を専攻したがこの辺りはゴチャゴチャする割にあまり詳しく授業ではやっていなかった気もする。毎回1,2年間の日本中心に世界史のポイントを掘り下げて解説するスタイルで司会の関口さんに加え解説役の二人の大学先生のボソボソとしたコメントが洞察鋭く何故そう言う行動に出たのか?背景に理屈ではない人間性を含めた解説が回を重ねるごとに面白くなってきた。時代によらず人間の利口さが大きく変わるわけでもない。当時の動きや情勢、判断は現在に通じるものがある。昔も今も人間そのものに違いはなく現代の社会情勢に向けたヒントが多いのではないか?地味でいい番組に思えて今は昭和初期、最初は明治維新から始まったシリーズらしいが早く見ておくべきだったと後悔する。

10月11日(土)、昨日から奥さんは子らと友人に会うために東京に行っている。三連休初日、死ぬまでにやっておきたいリストride編として「兵庫出身として淡路島一周はやっておかねばならんだろう」と、有名な通称「アワイチ」に出かける。朝3時に車に自転車を積んで日帰り予定の強行軍。山陽道垂水から明石海峡を渡ってデポ地の岩屋SAに到着。webに書いてあったオアシスパークの駐車場がよくわからず見回すとロードバイクを組み立てている車を発見し近寄って駐車。アワイチの要領を聞くとルートを教えてもらった。若い3人組だったが親切で写真を撮ってもらった。お礼を言ってお先にスタートする。時7:15、ちょっとした丘の上から下り道路の青い羽根を頼りにコースに入る。あいにくの曇り空で天気は良くない。淡路島の東海岸を南淡に向かって下っていく。道脇にパームツリーの木々が植えて南国的ムード。前方10人以上の集団走行に追いつきしばらくは連結して走らせてもらう。津名から洲本あたりで集団の前に出てお別れ。洲本の山の上、小さな城を発見。「エラク小さいが確かに城があったか?」兵庫県、郷土の地理で洲本城はあったような・・。洲本には旧会社の電池事業部があり一度出張で来た覚えがあるがそれ以外は無い。洲本から由良にかけて雲が低くなり小雨に会う。由良を越えると南淡の峠道、アワイチの難所区間、標高は大したものではないはずだが立川水仙の峠が始まる。距離は2km未満でも平均8%程度の斜度はなかなか大変だった。そこそこ余裕を持って登坂していると一人に抜かれる。頂上を越えて下った後にまた登りと予想外に長い。抜かれた後ろ姿を見ながら2番目のピークから下りに入り急坂のヘアピンカーブがでなんと!濡れた路面に後輪がスリップし右側に転倒する。「なんでか?!」と思いつつ状況を確認。ディレーラは無事そうでチェーンも落ちていないが右のブランケットが損傷している。幸運にもシフトでギアチェンジは出来たのでなんとか走行は可能そうに思う。それより体が痛い。右指から出血、肘と大腿も擦り傷に打撲あちこち。この先どうするか?帰れるか・・?状況は結構なピンチに思える。一台のローディー、大丈夫か?と声をもらったが「ええありがとうございます」とやせ我慢をしつつ思案。ヨロヨロ立ち上がり自転車を確認し、体の痛みを堪えてひとまず慎重に坂道を海に向かって下っていく。本来ならば美しい光景が始まる海沿い、岩屋までは残り100km、この際行ける所まで行く。残りは帰り着くことだけを目標に変える決心をする。南洋の台風のせいか海岸の波消しブロックに荒波が当たって道まで届く中を25k/hで走り続ける。次に灘という峠もクリアして玉ねぎ畑を見ながら11時前に賑わいのある福良の道の駅に到着し一休み。ここまで落車以外では休憩無かったので疲労あり。ベンチに座ってソフトと羊羹を2個食べながらウエアの出血を見た人に聞かれるので「コケちゃいました」と内心とは裏腹に自虐的に笑う。「あそこは転倒する人いるね」と、後で調べると危ない所みたいだ。桟橋には渦潮遊覧船が泊り湾の向こう岸には造船所のドックが見える。座っていると改めて打撲の痛みがアチコチ出てくる。残りは半分無事帰れるか?予断は許されない気もして早々に出発。一路鳴門大橋に向かうがまたも延々と登坂、いやいやアワイチは厳しい。登ったあとに少し下って建物が見えたので入っていくと玉ねぎオブジェがあったがバーガー屋は休業している様子。昼食もできず鳴門大橋の写真のみ撮る。福良で大勢いたローディはわずか一人しかいない。真のアワイチをやっている人は案外少ないのか?福良で話した人もショートカットと言ってた。空腹なので早々にスタート。アワイチは一般車道を走るので、手負いの身で次に何かあったらギブアップと用心する。ここからはサンセットライン、播磨灘を左に見ながら北上しほぼ海岸線沿いで時々山側に登る。コンビニを見つけておにぎり1個とコーラ。集落は秋祭りの最中で神輿を見る。対岸に遠くに高砂の高炉が見えてきた。昔、父は播磨灘に釣りに出てベラやアジを大量に釣って帰って来た記憶がある。春のイカナゴはあまり獲れなくなったらしいが。郷里兵庫を自転車で走っている感慨がしみじみ出てくる。北淡に入って有名店らしい美しい料理やスイーツの店が次々現れついに明石大橋が見えてきた。一人のローディーの後ろに付いて14:25に(ここまで走行時間は約6:25分)明石大橋に着。記念写真を撮り、横にいた人にはアワイチオブジェの所まで案内してもらい少しお話をしながら写真を撮る。三田から来た40代くらいの品の良さそうな人で、5回目だそうだが毎度アワイチの登りは厳しいと話された。最後にオアシスパークの丘に向かって朝とは違い暑い日差しの中を必死に帰り着く。ホット安らぎながら観光客の中でしばし呆けたようにコーラを2缶。出発前に会った若者はまだ戻っていない。なんとか無事に19時岐阜帰着。ウエアにアームカバー、レーパンを脱ぐと大腿、肘、胸に思いの外打撲や傷が酷く我ながら哀れな状態。キズパワーパッドを何枚も貼る。夕食用にSAで買った鯖寿司とアナゴ寿司がしみじみ美味しい。一瞬で最悪に落ちたとは言え救急車を呼ばずに100km帰って来れたのは救いだったか?。それにしても今年は不運の底がどん底に深い。まあどれも致命傷になってないのだが・・。
155.98km 7:03:44 22k/h 49.3kmax 獲得1227m

紀淡海峡

(洲本城)

(沼島遠望)

鳴門海峡

(慶野松原)

(コンビニ前に北前船高田屋嘉兵衛生誕の地)

明石海峡

(こちらは取り換えへ)

「落車して細きタイヤの頼りなさを知る雨の立川峠の下り」

「この痛みいかにかはせむ落車よりつづく苦痛が寝ても起きても」

流血のアワイチ以来、四六時中体は痛い。擦過傷+打撲+捻挫で熱っぽい日が続いたが医者には行かず大人しく療養する。傷が治り切らない10月25日(土)、湯河原温泉に出かける。息子殿の帰国以来家族四人が揃うことが無かったので卒業、就職、誕生日祝いなど兼ねて2か月前から計画していたもの。東京と岐阜の間の温泉地として湯河原を選んだ。当日はあいにくの本格的雨。真鶴駅小田急JRを乗り継いで来る子らと合流、元気な姿を見て何より。駅からタクシーで「うに清」という海岸沿いの料理屋に向かい昼食。晴れたら相模湾が美しい所らしいが小雨で霞んでいて真鶴岬めぐりも諦めるしかない。ここは評判の店らしく満席近い。新鮮な活け造りに加えてサザエやアワビ、ウニを追加しいずれも美味也。食後、湯河原駅に移動し小雨の中を万葉公園などを見て奥湯河原温泉までバスで登る。湯治客でバスは満員だった。万葉言葉で海石榴と書いてツバキと読む宿に入る。山間にある料亭旅館らしく奥はかなり広い。源泉58℃の塩化物硫酸塩温泉に早速浸かる。効能は打撲、キリ傷などと書いてあるのでまさに今の自分にピッタリ。露天風呂に浸りながら「あー温泉はええもんやなぁ~」と淡路で負ったまだ癒えぬ傷口に来るチリチリとした感じに湯の効能を実感する。

「湯のなかに目蓋をとぢて傷癒す煙たゆたふ雨の湯河原」

風呂上りにはハーゲンダッツアイスやジュースなどいただく。祝いの品も付いた夕食にはこの時期らしく松茸などが出され、量より質的で私らには丁度良かった。聞くと湯河原まではまだインバウンドがそう多くは無いらしい。フロントにはストーブが炊かれていて前日は冷え込んだとか。翌日、雨は止んだが相変わらず山に霧がかかっているのではゆっくり11時にチェックアウト。またまた激混みバスで湯河原駅まで行ってレンタカーを借りて元箱根まで登ると晴れ間が見える。ここにはインバウンド客が多い。関所付近の有料は避けて元箱根の湖畔の無料駐車場に停める。雲間に富士山の裾野が見える。箱根神社まで散策し写真など撮る。どうやらインバウンド客には湖面の鳥居が特に人気らしく撮影用に長蛇の列ができていた。うーむ、岐阜も長良川に鳥居でも立てると案外バズルかも。14時過ぎ湖畔で軽めの昼食の後、湯河原駅に下り17時。ホームで子らを抱きしめてまたしばしのお別れ。熱海からのこだま号は満席、行きもそうだったが新幹線の混雑、最近はそうなんだと実感する。両日、悪い天気予報の割には良い家族旅行になった。

(万葉の滝)

(海石榴)

(土瓶蒸し)

芦ノ湖

箱根神社鳥居)

内田樹氏「沈む祖国を救うには」読了。これも奥さんが借りていたものを連られ読みしたもの。今年の3月初版で新聞の広告が出ていたのだとか・・。情報としては今と変わらないだろう。統計上の経済的、人口的にも国力の分が悪くなってると危機感を報じられるようになったのは5年前くらいからか?どうして国が衰えて来たのかの説明を多種の事例を取り上げて状況分析をされているが残念ながら解決策、提言までは至らなかったと書かれている。何度も出てくるのは米国的な新自由主義の流れの中で「今だけ金だけ自分だけ」風潮が進み、民主主義を支えるコモンという公共財が崩れて社会的も貧しくなっていくという下りは斎藤幸平氏の考えにも通じるように思えた。知らない間に包摂的な社会が衰え弱肉強食の社会に移行しているのだと。昨今の社会保障費や急激なインフレにステルス増税も貧富の差の拡大の要因でその行く先には暗いものがある。氏はこれからの若者にチェンジを期待するようにも書かれているが振り返ってこの状況を子らの世代に引き継ぐ我々老荘世代の責任はどうなんだろうか・・。あとがきに「米国はじめどの国も崖っぷち?今は幸せ度が下がっている」と書かれているが2年前に見たノルウエーは平均所得も日本の倍で、街が清潔で安全、EVの普及も進み空気が騒音も少なかった。住んでみないとわからないがどこも同じようだというのは大雑把な感じもするが・・?。

ride:鹿穴峠と花立峠(60.67km)八講師城と黒谷大平林道(68.19km)帰省、折にふれて

8月30日、朝から高温予報なので登坂少な目の守備的ルート、鹿穴峠から花立峠を周回に出かける。6:20のスタートも早くも暑い。忠節橋から板屋川を遡上して鹿穴峠まで約50分、峠の頂上で何故かフロントギアでチェーン落ち。粛々と直し木知原へ下って谷汲昆虫館で一休みし花立峠に向かう。ここでは珍しいことに峠に入ってからロード3台と出会う。帰路は再び板屋川沿いを戻って来る。頑張ったせいか早く戻れたがその後の体はダメージで重い。日中は38.5℃。
60.67km 2:46:27 21.8k/h 44.4max 獲得391m

(花立峠)
9月になっても8月と変わらぬ猛暑続きで流石に体は参ってきた。先月帰省して来た娘が持ってきた中東土産、「これは大事に食べるもんだからね!」と釘をさして奥さんが冷蔵庫しまったのを忘れていた。疲れた体は甘党を欲す。ドバイチョコ、ちょっと流行っていると聞いたが緑色のピスタチオが入っていてそれが効果的か?私には微妙な感じもした。

「連日の猛暑に枯れた水不足、降れば洪水無情に流る」

「曼殊沙華をみながら食べたい御座候 小さな秋の愉しみとして」

(ドバイチョコ)

(こちらデーツ)

9月14日、3連休中日に敬老の日ついでに帰省する。そろそろ涼しい予想だったが現実は厳しく気温の割に多湿で不快な天気だった。金券ショップで買った切符が日付変更必要版だったが緑の窓口が朝から混雑して買えない事態もあって早朝から大汗をかく。往復分を自販機で買い事無きを得たが岐阜駅の窓口は2か所で30分以上かかりそうで厳しい。新大阪で乗り換えると着いたホームは万博行の客でごった返している。いやいや万博恐るべし、朝かエライことだ。無事さくら号に乗り換えたが、ホームで万博記念グッズか何か販売する長蛇の列だったようで商売根性恐れ入る。10時に姫路駅に無事到着し駅に迎えに来てくれた姉の車で実家に向かう。母、兄、義姉に挨拶。今年は暑かったそうだ。週4日ケア施設に行っている母は年相応とは言え元気。姉の話など色々聞き昼食。この日兄、姉も用事があるので13時前、早めに失礼する。道路から見える稲穂は順調に見えるが周辺のある地区は委託している営農組合も寄る年に勝てず解散するそうだ。いよいよ稲作現場にあまり時間的余裕はない。姉は万博に行ったそうで印象良かったらしくもう一度行くそうだ。そう言えば奥さんの友達も二度目に行く人がいたが猛暑と激混みでよくだなぁ・・と感心したが「ジジババばっかりやけど皆ピンシャンして行っとるで」と意外なことを聞く。神姫バスのツアーが最もコスパ良いそうで世話無しでゲートまで行けるそうだ。だからと言って新大阪駅の混雑でも嫌になった私は行く気は起きないが・・。三宮阪急でピロシキを購入し混雑の新大阪で乗り換えて無事帰宅。暑かった?歳のせい?人混みの中に入ると気疲れもあるのかその後しばらく放電状態。帰ったら子の会社の福利厚生を通して5月に注文していた新潟米俵が届いていた。5Kg換算では三千円台と中間マージンが無いせいか産地直で安いと思もう。米価も下がっていないのは気になるが。

(姫路駅えきそば)

9月22日を有休にして連休にして自転車の先達の方に教えてもらった滋賀の柏原から近江長岡に抜ける峠に行ってみる。そこだけでは物足りないので以前行った八講師城峠を登ってから黒谷の峠に入るルートを取る。前線の影響で先日まではグズついたが今日は晴天で秋の気配になり涼しく夏ウエアでは少々寒い。垂井の南宮大社にデポし6:15にスタート、一路GoWest。西風逆風の中を関ヶ原と今須峠を越えていく。彼岸を待っていたかのように曼殊沙華が稲刈り後の畔に咲いている。柏原までは順調だったが八講師城への林道入口がわからず2度3度と南の山に突っ込んでは行き止まりで返される。農作業の爺さんに聞いても不明で仕方なく以前と同じくコースで梓河内まで行ってから登坂する。道に枯れ枝や落石はあるものの道自体に問題は無く順調に登坂し頂上到達。青空に伊吹山が美しく映える。ボトルの水に羊羹一個、すぐに下る。順調に柏原に下ってみるとなんと林道の入口は先ほど爺さんに聞いた場所から伸びた道だった。地元の人もあまり知らないということらしい。再び梓河内に戻って今度は北に伸びる林道、黒谷大平線に入る。ここも同じく道路は良い。標高は200mくらいと低いので問題なく登頂。上を高圧線が通っているのでこの道はメンテ用かも知れない。近江長岡に向けて下りJR駅前から農道を通り再び中山道に戻って今須からは関ヶ原カントリーの横を通って無事垂井のデポ地まで帰ってくる。帰途にロードバイク数台と会う。中山道の松並木に咲く彼岸花を撮る。機会は少ないかも知れないが八講師城への入口は写真に収めたので以後は迷わないだろう。
68.19km 3:50:12 17.7k/h 52.2kmax 獲得1092m

(八講師城峠より)

伊吹山

(林道黒谷大平線峠)

中山道

折にふれて仕事柄、半導体のニュースや記事には目を通している。先日、公共放送のスペシャル番組で政府が出資する北海道の先端半導体工場のドキュメントがあった。放送後の周囲の同業人の意見は概ね良くない。ネットを見ると更に悪く書かれている。私のようなAIチップには遠い所の設計者でも内容が粗で、まあ50分程度では無理があるように思えた。製作者の不勉強?を批判する人もいたが、視聴者の対象ゾーンを想定すると人の過去や苦労にフォーカスしてプロジェクトX的な作り方が受けがいいと判断されたのかも・・。半導体現場に近い人ほど現状認識は厳しいと思うが「AI向け半導体」と言われていた部分は大雑把過ぎて正しい認識とは言えず結局伝えたいのは何か?。そもそもAI半導体は2nのチップ+周辺のHBM+基盤ウエハを繋ぎ合わせるCoWoSの後工程技術が肝要になっているのでこの工場だけで完成するものでもない。分かり易い記事を書かれている湯之上氏など取材されているのであれば少しはマシな内容になったかもしれないが。数兆の税金投入から情報開示は大事かもしれないが・・肝心はそこではなく「金を掛けて出来た動いた」と言われていたTEGの出来栄を示す具体が無かった気がする。GAA構造のデバイスの電流特性、速度、PDKは造れそうか?とか。一方、先日の新聞でAI開発も似たものと東大大学院教授の記事を読んだ。本邦技術開発アルアル状況と思えたのは、いつの間にか既に中華圏には遠く及ばないレベルだとか。無料のAIもある日有料化されればデジタル赤字が先進国に巻きあげられる税金のようにならないだろうか?後の世代の立つ瀬が大いに心配になる。パワー半導体もしかり。この数年特にそう感じるが圧倒的に人材の不足が見えているが、マネージメントもせめて半導体大手や西海岸のAI企業の副社長をやった日本人の方が本国に戻ってCEO、CTOするくらいのことでないと上手くいかないような気がする。TSMCのモーリスチャン氏のような。

「先行しやがて悲しく追い越され先端分野に荒波よせる」

ride:円原川とごろごろの滝往復(83.59km)、桧峠石徹白往復(67.07km)、花火、森永卓郎「保身の経済学」読了

最高気温40℃近い日が出てくる、「もうここまできたら最高越えや!」とおかしな気分にもなっていた矢先に埼玉41.8℃。岐阜も「35℃の普通に暑い」を通り越した暑さになる。街の人通りは少なく地方都市の閑散化が一層視覚化される。早朝の散歩、どの家からもエアコンの室外機がブーンブーン唸りをあげ、その熱風で暑いところ「野良のシマちゃん」に遭遇。「たまるかぁー、毎日大変じゃろう・・」さぞ野良猫は大変ではと見てると室外機から落ちる水滴をペロペロと水分補給、案外賢い。初対面は6年前、思うに7歳以上のお歳で慣れているとは言え野良家業は大変に違いない。そういえば清水川沿いに緑色のコガネムシをあまり見ない。以前は早朝によく転がって死んだふりをしていたが暑さの影響かもしれない。7日に少々雨が降りその後は秋の虫も鳴き始めた。カレンダー通りなので盆休みは無く淡々と仕事。娘が8日から11日まで帰省し息子は業務。

「分断はここにもありや野良猫の仲間と別れシマは一匹

「川沿いの木々にもコガネの姿なく今夏は虫にもアラートが鳴る」

8月9日(土)自転車ride、あまりの暑さなので涼をもとめて円原川を目指す。6:20スタート、いつもの伊自良街道から平井坂を越えて板取川支流の神崎川を遡上していく。盆休み?キャンプ場は朝から車も人も多い。渓谷の美しさは一級と思うが伏流水は水が冷たいので猛暑とは言え要注意。若い頃にBBQでビールを飲んで浸かった川の冷たさに心臓が止まる思いをして危うく溺れそうになったことがある。兎に角深みは足が付かない。さてさて円原川に到着するとあいにく曇りで太陽光無く光芒目当ての人も車も少なく活気が無い。さすが、光芒狙いの人は敏感に反応されているらしい。あ~やっぱ光芒だなぁ~と思い、仕方なく近くの「ごろごろの滝に」向かってみる。ここは初めてで約5Kmほど奥。既に家族連れが川に入っていたが対岸に立派な滝が落ちていた。ネーミングがややゆるキャラ的だが滝は正統派。川に入って水浴びを数回、ここも冷たい。後からロードバイク3人組が到着し靴を脱いで滝壺に入って声を上げる。20代に見える若者らは映える写真を撮り合っていた。帰路も同じコースを戻る、10:30着。webを参考に行ったが「ごろごろの滝」は良い所だった。
83.59km 3:50:36 21.7k/h 51.3kmax 獲得624m

同日夜、長良川花火大会に娘含めて夕方から三人で出かける。ママチャリ2台に私はクロスバイクで出かける。例の如く岐阜公園まで自転車で行ってから徒歩。今回は更に近付き人で埋まった堤防道路の上で見た。横に広く長く1万発が連続で上がっていく。特に金華山に反響する音がいいのだとか・・。いいねーと私ら的には満足したが近くにいたオッサンが「金ねえのかぁー?えれ~ショボくねえかハナビ!」とガードマンにくだを巻いていたが、まあ、言ったところでどうにもならぬ。フィナーレ見終わると速攻で引き揚げる。帰り道がごった返すので御鮨街道の横の道をひたすら自転車の波に乗って岐阜駅に向かう。運よく自宅近くになって、ポツポツと雨が降り出した。

盆もカレンダー通りだが超多忙でもないので15日は有休を取得。折角の有休なので還暦オヤジ、夏の思い出作りに遠く、郡上白鳥の奥の桧峠へ久々に行く。5:00に車で出発、大和道の駅にデポし6:15にスタートする。連休中だからか道の駅には車中泊らしい車が何台か止まっていた。長良川を渡河し右岸を遡上して白鳥を過ぎていく。北濃駅で長良川鉄道の車両が見えた。この鄙びた鉄道は廃線の議論がされているのでいつまであるか・・?と写真を撮る。国道156号の石徹白への分岐で一休みし、桧峠の登坂に入る。これだけ長い登坂は久しぶりなので一抹の不安があるが最高斜度で30Tまで使いながら峠を登り切る、標高約1000m。ゴルフ場に温泉施設も健在のようだ。一気に石徹白側にダウンヒル、途中のログハウスなど以前はあったか記憶が無い。30年以上前にスキーに来た石徹白スキー場の跡はかすかにわかる程度に雑木林。桧峠は分水嶺なので目の前の急流はやがて日本海に注ぐ。更に石徹白大杉を目指したがやや足を使いそうな道なのでクルリと撤回し帰路に向かう。やや古びたウイングヒルズスキー場の前の急登を凌いで再度峠のピークを通る。この時間になって県外ナンバーの車が何台も上がって来た。涼しいのは峠だけで北濃に下りると熱波の中を走って大和道の駅に10:40着。見違えるほど混雑している。明宝ソーセージとはちみつソフトクリームを食し少々贅沢。思えば私の自転車は初期投資の30数万円でも減価償却3年目で日々のride経費は水道の水代くらいで安上がり、たまの贅沢も悪くはない・・。8年ぶりの桧峠変わらないところと、そこはかとなく変化を感じたところもあった。
67.07km 4:05:07 16.4k/h 44.2kmax 獲得1298m

「本州の背骨の峠を銀輪で息子と越えしは八年も前」

(帰途、北濃方面九十九折)

(桧峠)

森永卓郎氏「保身の経済学」読了。森永さんの一連の三五館シンシャ本はこれが最後。内容的にはどこかで書かれたものが多く目新しさはないが、「保身」という姿勢についてクローズアップされている。教育、職場、一般社会における各ステージや現場での保身の負の側面について批判的に書かれている。「保身」は人間の生存本能から仕方ない部分があるとは思うが、個々の保身が集団や組織ぐるみで社会的正義や人権、倫理を害するものになってしまうとその影響が大きく一般社会そのものがダメになるということは理解に難しくない。昨今の冤罪事件や何十年もの検査不正、事実隠蔽、改竄など組織保身のために「上手くやる」ということを続ける「組織ぐるみ」の違反や事件も多くなったと感じる今日この頃。性善説?か海外に比べ組織への罰則が軽過ぎではとも思うが。劣化と言えば劣化で進歩性の無さや30年の停滞にも大いに関係するマインドセットに思える。問題なのは反則や隠蔽が世代間に強いられ引き継がれ時間を経て真の問題が不明になることと、保身の負債が何の責任も無く引き継いだ世代の足かせになることではないか。中でも森永さんが何度も書かれているオールドメディアの保身については今までの影響力からして大いに憂慮すべき事という意見には頷く。まあ昨今はSNSの台頭もあってややこれまでの保身による副作用も見えてきたような気もするが・・。

 

ride:洲原ひまわり往復(85.7km)膝付坂周回(51.0km)、耐酷暑、永田和宏氏「人生の後半にこそ読みたい秀歌」読了

7月中旬からの岐阜は38℃前後の猛暑日連発。雷雨も無い。朝5時台の散歩ではやや涼しいが日暮れた後の散歩ではぬるま湯のような暑さを歩く。うー今年は例年に増して暑いのでは・・。朝は5時台とは思えないくらいにジャンジャンとうるさく蝉のスタートは早い。仕事も早く7時台からスタートし夕方は西日残る暑い18時頃まで。エアコン効果を最大化するため窓を通して赤外から紫外まで光と言う光と輻射熱を遮るために各部屋全て遮光カーテンで覆いとにかく断熱を強化する。まあ、コンクリート構造体が持つ熱は避けられないがやむを得ず、部屋として雰囲気は暗く気分も沈むので時々はカーテンの隙間から外の様子や溢れる光を見る穴モグラの生活。水分補給は台湾土産の阿里山烏龍茶を冷やして少々強い香りでスキットさせて甚だストレスフルなスタイルを紛らわす。疲れたら耳に優しいビルエバンスなどピアノ曲をサラリと流して冷静に、またある時はボブジェームスの曲で明るく気分転換し設計業務に支障のないように工夫をする。猛暑日に宅配便が来ると担当の方も汗だく、気は心、冷やしたお茶パックを漏れなくお渡しする。いやはや殺人的な暑さで忍耐を試されている気がする。駅で昼食を取った後、SNSでも流行っているらしいかき氷を久々に食ってみるかとwebで調べて名鉄駅付近にあるかき氷屋で一服するも店を出るとすぐに暑くなった。値段そこそこのオーソドックスタイプ。

「冷夏とふ言葉の響きはなつかしくかき氷を食う頭は痛い」

(叶屋)

7月19日(土)洲原ひまわりの里で向日葵が夏らしく咲いているとまたまたニュースで見て自転車rideに出かける。洲原は美濃市の奥なので少々遠いが峠の一つくらいは越したいので千本桜の坂の峠を越えていく。早朝5:50スタート、長良川左岸を通って北野ファミリーパークから坂の峠を登って、武芸川に下って一路美濃市に向かう。武芸川と長良川合流地点で道を間違えてロス15分。そもそも暑い上にミスが重なり焦って汗だくになる。正しい道に戻り旧郡上街道を走ってやがてひまわりの里に到着。人、家族連れがいる。肝心の向日葵は全開でもなく咲いてない所もある。おやおや・・スケールも想像より小さく少々ガッカリ。45kmも走ってこれかぁ。時計は8時を回っている。時間が押しているので早々にスタートする。帰路は時間短縮のため峠はやめて川沿いをひたすら30k/hのペースで走るとこれがそれなりに早くて10時前に帰着できた。種類は多かったが向日葵畑としては大垣の休耕田の方がスケール感があると思われた。
85.69km 3:34:49 23.9k/h 46.4kmax 獲得353m

金華山前)

(背比べ)

(美濃橋キャンプ多し)

8月2日(土)膝付坂、はじかみ林道周回rideに出る。webで膝付坂という何やら意味あり気な名前の峠を見つける。灯台下暗しで繰り返し通った伊自良街道から分岐したすぐ近くにあるらしいので確認に行ってみる。6:00にスタート。伊自良街道の越切断層の看板を右折して集落の中の細い道から森の中へ登坂を開始。道は分かり易くない。max10%くらいなのか、鬱蒼とした雑木の中の斜面をひたすら登っていく。良くないことに嫌なメマトイのアブが多数出現し忍耐を強いられる。やっと着いた峠のピークは全く見通しは無い。下る途中でゴルフ場が見え隠れしたが風景的には良くない印象だった。下った先が大桑なので大桑城のはじかみ林道の表側を登坂する。8時に近く日差しは強くここにもメマトイ、この鬱陶しい虫に精神までやられる。頂上に着いて休憩しているとおじさんローディーが登って来たので「この道武芸川側には下りれますか?」と聞くと6月から開通したと聞く。時間の関係で元の道を下って高富街道を帰っていく。高富に入って早々、珍しい無人のメダカ掬い店を発見。ちょっと覗いてみると本当に数種のメダカが泳いでいた。暑い中9時過ぎに帰り着く。
50.99km 2:38:27 19.3k/h 43.6kmax 獲得585m

(膝付坂ピーク)

(めだかすくい50円)

7月終盤まで連続猛暑に雨も極端に少ない。今年のツール仏はUAEのタディポガチャルの圧勝。ポガチャルファンには満足だったかもしれないが・・強すぎる。

岐阜柳ケ瀬高島屋が閉店して1年になる。手土産の購入は駅の川上屋か近所にある松福あられとなんとか済ませているが良いもの買うためにあちこち回る手間がいる。その後の柳ケ瀬には散髪で月1回行くが雰囲気に賑わいがあるとは言いにくい。その柳ケ瀬の同じビルにあるジムに6月から自らのウエイト制御と健康維持で週一ペースで平日夜に行き始めた。リモートワークではどうしても運動不足は否めない。駒ネズミのように同じところを走り続けるのは本来趣味に合わないが案外続けられている。まあ、止めても入会金などコストの痛手が少なく、家からママチャリで約15分の近さと気安さもあった。休むと体が鈍るような感じがして仕事後の高校部活的なノリで続けている。ふと人気無い柳ケ瀬アーケードを見ると長大なアーケードのシャッター通りの利用法としてアンツーカーを敷き陸上競技の猛暑&雨除けの練習場に開放してはどうかと通りながら思ったりする。

柳ケ瀬のみならず近所の加納界隈でも空き家が増え解体工事もチラホラ目立つ。昔の割と大きな木造家屋に住人がいないと傷みや劣化が早く外目に目立ち始める。足が不自由になった義母も施設に入ってから奥さんの実家も空き家に近いので時々家を見て手入れをして帰る。意識のしっかりしている間に徐々に整理せざるを得ないので暑い最中でも義父母の不用品の整理を進めているが量が半端ない。改めて見上げると三階建ての階段の上り下りなど老人にとって住むには不向きとしか言えない。昭和のある時期のブームのような物持ちの多さには圧倒されてしまう。いやいや購入時はさぞ高価だったように思うのだが。この手の作業を相談した業者の方曰はく、岐阜駅に比較的近い校区でも最近同じように整理されている家は増えているとの話。自身の子らも巣立って離れている以上、同じような事態を後々想定しておく必要があると奥さんと話しているが・・。

図書館にはまだ無く6月の岐阜市お得なpaypayクーポンでリアル店舗にて第一刷購入。永田和宏氏「人生の後半にこそ読みたい秀歌」読了。なかなか面白く愉しんで読め私の中では大いにヒットした。過去「近代秀歌」「現代秀歌」など新書も出されているがもう少しやわらかい内容。テーマとして老後と金、定年退職、死別の歌、食、酒のたのしみなどテーマ別に歌とその背景が解説されている。特に「酒のたのしみ」は読み物として面白い。やや難しい古語や漢字は辞書を引きつつ苦にはならないレベル。掲載歌人としては万葉から斎藤茂吉、新聞歌壇まで幅広く「うーむなるほど」「確かに」と生き方、感じ方、思いについて共感できる部分が多々あり。人生100年と巷に聞くが生物としての人間に老後という時間が存在するのは高々この100年くらい、伸びていく寿命にどう対応するかはまだ発展途上だと。人生の後半がいつからか?仮に還暦なら寿命の70%くらいになる。還暦を過ぎていよいよ老境入口に近い身として正に読者対象の年齢層にも合っている気がした。
「銀行の監視カメラに御辞儀して嬉しく下ろす初の年金」三ツ松秀夫
「惜しまるることなく去りし寂しさもあはれ一夜をすぎて静けし」大辻隆弘
「コロナ禍に送別会のあらざるがむしろ清(さや)けく花冷えを去る」吉川宏志
「母老いてそこより見ゆるわが町はあさにゆうべに老いばかりなり」小高賢
「今しばし死までの時間あるごとくこの世にあはれ花の咲く駅」小中英之
「わたしには七十代の日はあらず在らぬ日を生きる君を悲しむ」河野裕子
「かゆいとこありまひぇんか、といひながら猫の頭を撫でてをりたり」小池光

 

ride-山県三光寺と峠周回65.0km、迫間不動尊周回67.5km、夏越、森永卓郎氏「なぜ日本だけが成長できないのか」読了

水無月も中旬、連日30℃以上を連発で6月16日とうとうエアコンON。日記を見ると奇遇で去年と同日。今年は随分我慢したつもりだったがこうも暑くては仕事にならずやむを得ず。その2日後には37℃まで上昇し凄まじきは岐阜の夏、西の山懐にある池田町では屋外で熱中症で亡くなられた方もおられる。昨今しきりと「熱中症警戒アラート」を報じているが不思議なのは東海3県の天気予報でも岐阜県のみ出ていない時が多い。美濃地域、気温や蒸し暑さは超一流でも当のアラートは出にくいみたいで愛知や三重には出ても岐阜には出ない理屈とはこれ如何に。なんとなく説得力に疑問符?と思う。

「陽炎の向こうにサイレン鳴り響く猛暑の信号入る木陰なく」

「同じ朝コガネムシのフォト送りあう息子と偶然吾は愉しむ」

6月21日、この時期、「紫陽花が美しく咲いています」というお出掛け情報につられてサイクルで出かける。実は前週には墨俣の川沿い「あじさい街道」にも出かけたがイマイチだった。今回はこの地方では大本命の山県市の三光寺の紫陽花を見て平井坂、佐野坂、九頭師坂の峠を巡って帰ってくる。不眠症で早朝に目が覚めるのを利用して朝5:55にスタート。雲多く少々蒸し暑い。平井坂上りで1人ロードを抜いて三光寺に到着。既に何人かのロードの人もいて300円支払って入る。ウーム、何ともや・・。紫陽花の種類は多いが鉢植えが目立ちボリューム感は乏しい。寺の規模が小さいこともある?有名な三室戸寺京王井の頭線東松原みたいな密集とスケールを期待したがちょっと残念。気を取り直して佐野坂を登りラステン洞戸から九頭師坂峠とアップダウンを経て帰ってくる。紫陽花詣で不完全燃焼でも今年はこれにて終了。
64.98km 3:11:02 20.4k/h 48.1kmax 獲得586m

6月28日ride、木曽川CRから鵜沼宿→迫間不動尊峠を越えて関市から長良川沿いを帰ってくる。5:40にスタート、晴天で木曽川からは伊吹山まで見えるが気温上昇する気配。犬山城下からライン大橋を渡って鵜沼宿に。ここは立派な宿場町で案内板もしっかりしていて風情あり、工業が盛んな各務原市のイメージとはちょっと違う。西進し苧ケ瀬池から迫間不動尊方面に登坂開始。この地のメジャースポットと思われるほどロードの人が多い。ブドウの森方面に左折してやがて小さなトンネルを抜けて休憩。ここはラックにベンチまである。青年サイクリストが一人座って自分の世界に浸っている感じだったのでベンチには座らずそのまま関方面に下る。長良川を目指して適当に走ったら大失敗で市街地の道路に出て通学や通勤の交通が多く危険だった。関市内のルートは再考必要。有名な鰻屋「しげよし」の駐車場を覗くと早くも他府県の車が2台止まっていた。順番待ちますます激化、土用の丑の日はどうなるのか?9:30に帰着。
67.45km 3:12:11 21.0k/h 43.9kmax 獲得392m

(迫間のトンネル)

長良川沿い)

6月27日眼科手術後4か月目の定期健診で奈良大和西大寺に行く。岐阜駅6:36発で米原まで乗った普通列車は6月末で廃車になる311系という車両でヘッドマークに吊り広告、社内放送でも説明があった。折角なので米原駅で先頭車両に行って写真を撮ってると奇遇にも、前の会社の方と偶然ホームで出会い少々会話する。眼科での検診はいつも強烈に両目の瞳孔を開けるため帰り道はサングラスでも目を開けるのが辛い。加えて何故か結構疲れるので帰路は眠っている時間が多い。京都でういろうの「水無月」、1個270円少々高かったがこの季節のお菓子ということで6個購入して帰る。

JR東海311系

6月30日、夏越の祓で夕方19時、天満宮に奥さんと参る。人の熱気凄まじく暑さ激しい。参拝で人形と賽銭を入れると一つまみのお米をいただく。

「この半期いろいろあれば山梔子(くちなし)の匂いのなかを夏越の払い」

天満宮夏越の祓)

(翌朝の天満宮

もらった米はコメ不足の足しになるか?とは言え、子らも巣立ち歳とともに食も少なくなって米を多くは必要としない。ついでに車もHEVで普段距離も走らないのでガソリンも2か月に1回給油するかしないか程度。ある意味、政策的補助金の恩恵にフルにあずかれない疎外感はあるものの巷のスーパーで見る価格にはインフレを大いに感じる。人件費も高騰だから当然か。7月、選挙の前になりニュースが騒がしい。毎度半分白けて思うのはニュースメディアの空虚さで、選挙前の主張や公約はこの時限りで選挙後は反故にされたりコロッと反対の行動になったり。選挙前のメディアに対する発言には意味がないように思えたりする。リップサービスに責任は生じないのかも知れないが、ならば普段の言動や人柄だけか頼りか?AIの発達した今日、過去からの言動や行動をディープラーニングさせてその場の発言を嘘判定機みたいなもで判定ができないものかとも思が・・。

森永卓郎氏の「なぜ日本だけが成長できないのか」読了。初版は2018年だったもので奥さんが借りて「今にも通じるものがある、あんたも読んだら」と置いていったので読み始めた。新書なので少々堅いと思って読み始めたが内容的には「ザイム真理教」や他の本と重なっていて30年間の沈滞期間に関する解説はほぼそのもので「このままでは落ちぶれるばかり」と斜め読み。8章のこれからどうすれば良いか、を真剣に読んだが2018年と現在の時間の差は大きく無いようだ。特にトランプ関税に関しては当時と相似形で氏によれば米国の「カツアゲ」「植民地状態的」がエスカレートしている。2018年時も大きな流れとして自動車関税をダシに他色々な農業分野などの条件を飲んだそうである。確かに長引いている今回の交渉も構図は同じか。で8章の要点と感想は
1.氏の意見として財政赤字はほぼゼロなので減税すべき⇒繰り返し氏はそう書いているが真反対に「莫大な財政赤字」と報じている大手メディアも自らの真偽をわかりやすく図解解説しないとといつまでたってもこの件、藪の中と思う。特にネットとグロスの資産の計算法に違いがあるらしいが。
2.現在の米国の全面追従策、カツアゲ状態から決別すべし。カツアゲのトリガーは日航123号機事故処理時の借りと書いてある⇒カツアゲは性格上益々エスカレートするものなので今後安心のためにも根本原因があるならハッキリして解消した方が得と思う。
3.安全保障のためにも農業を守れ⇒自身の姫路の実家は兼業農家で小学生までは農作業手伝ったが雨の日も風の日も作業は辛かったし、甘くねえし。家庭菜園とは違う。自然相手で休み不定期で現役世代に農業従事者は増えるだろうか・・?
4.ベーシックインカム導入⇒できればいいが、何せ予算配分。この手の個人の権利に関する案件の検討⇒判断⇒実施の遅さは神経系未発達生物的で刺激→反応に時間がかかりそのうち周回遅れになる恐れないか・・?隣の芝生(最近成長している諸外国)の庭の青さや暮らしぶり、スピード感を常日頃から見て「何かがおかしい?」と大勢が認識する必要があるのでは・・ガラパゴスにならぬよう。

「豊かさとふ数値も下がり気がつけば風に流れる赤き風船」