6月20日、今年初めてエアコンのクーラーのスイッチオン。気温というよりも多湿がたまらない。もっとも岐阜は40℃近くまでいくのでまだ助走程度。腰痛からくる左脚の間欠性跛行と痛みが改善しない。最初は効いていた仙骨ブロック注射も三カ月弱で回数を追うごとに改善乏しく一段高度な医療を受けるため大きい病院を紹介される。日々の生活の不自由もあり仕方なし。晴天30℃を越えた夏空の下、大きな病院の玄関をくぐり脊椎専門の診察を受ける。待合室には老人と同じく若い人もいて松葉杖やギプスなど見るも痛々しい。ここは昔、自転車転倒で左肘の骨折で入院手術を受けた病院でもある。一通りの検査にMRI検査や神経ブロックなどの処置を受ける。MRIも閉所恐怖を感じさせない工夫か熱気球の映像などが流れて飽きることはなかった。ブロック注射もこれまでとは違ったレベルの上がった治療に入る。日々の薬も増えてすっかり病人的な生活スタイルになる。夏の暑さを乗り切るためにふるさと納税を使って鰻のかば焼きを注文していたが、奥さんは過去何年に渡る全国津々浦々の比較から出した結論として「やはり国産で関が一番」とのことで隣町の関市の鰻屋のをオーダーしていた。さすがに店で食べるのには劣るが確かに美味しく病身に気弱な身には沁みる思いがする。刃物の関は昔から刀鍛冶で有名で、なんでも夏でも暑い鍛冶場の仕事に負けないスタミナを採るために鰻を好んだそうで今でも割と有名な鰻屋が集まっているのだとか。昨今はアブノーマルに長い行列を並ばずには席に着けないらしい。
ニュースになっていた、スーパーで初めて本物のナフサ節約カルビーを見たので購入。これはこれでイケテルように思うが・・。

散歩で歩くのも辛く距離も短くなって近場はママチャリで行ける範囲で買い物など済ます。昨今の予算不足?か、市街の道沿いは樹木が伐採され緑がすっかり貧弱になっている。手入れの費用が勿体ない?盛夏の日射を避ける木陰も贅沢品ということなのか、考え方の行き着く先も貧困のような・・。近辺では駅近くの清水川公園付近に唯一のまとまった緑の豊富な場所がある。ただ5kmも行けば300mの金華山があるのは救いではあるが。毎年夏になると決まったように清水川沿いを歩いて虫を探して歩いていたが今年はママチャリでウロウロ、何種類かのカナブンやコガネムシを見つけ、近くに蝉の声が聞こえると「ああ、今年も夏が来たぁ」と一方的に東京の子らにLineを送る。

(アオドウガネ、光沢美しい)

(カナブン、渋い輝き)

(ツマグロヒョウモン)

(怪しげなシタベニハゴロモ、カメムシ類の害虫とか・・)
6月30日、夏越の祓い。昼食を駅で済ませてから天満宮を覗くと茅の輪が出来ていた。夕方から始まるお祓いの祭りは今回は奥さん一人で参加。上期が過ぎる、こうやって見ると良きこと無き、むしろ体調面は散々だった。
「茅の輪から仰ぎ見あげる空の碧 半ぶん悲しき夏越の祓」

7月6日、朝のニュースTVを付けるとW-cupでノルウエーとブラジルをやっていてノルウエーが勝ち進んだ模様。出張で何度か向こうの事務所に行っている娘殿もトーナメントの8強進出を喜ぶLineが来る。3年前にオスロに行ったとき、こじんまりした何となく鄙びたオスロ空港の到着ロビーを歩いていると水色のプレミアリーグ、マンチェスターシティのウエアを着たハーランドの馬鹿でかいサイネージがドカンと目に入り、「ああそうなんやぁ、この国の選手なんや」と長いフライトの後の寝ぼけ眼が少し開いた気がした。もっとも三苫薫選手も同じように羽田にあったが。カタール大会は予選落ちでハーランドが見れないことを嘆く記事を見た覚えがあるが今回は千両役者の活躍らしい。勝った後のバイキングロウのパフォーマンスはインスタグラムにパターンを変えて溢れ出てくるがなかなか面白いものもある。総人口500万強、首都オスロにしても70万程度の王国、スカンジナビアの冬の暗さはともかく、人口の割に広いヨットハーバーや山のコテージ、教育水準など何となく富裕な印象がして、事実、貨幣クローネの価値に物価や年金も高い。もちろん資源大国ゆえとは思うが。しかし今回のW-cupの映像を見るにつけ、フィールドの広告に日本企業のが現れなくなっている。まあROIを考えての広告戦略かもしれないが一時期を思えば一抹の寂しさは感じる。
「赤染まるカールヨハン通りには老いも若きもバイキングロウ」
「「モノづくり凄いぜ」と言っていたころの綻びし穴いまも埋まらず」
永田和宏氏「メビウスの地平」を読了。出だしから難解だった。文庫本版で見た目の厚みに反して時間を要した。前衛短歌の影響もあるらしいがその前に漢字が難しく読めず四苦八苦。当時、著者は20代の前半だったそうで驚く。三十一文字の起立した詩形というのはまさにこういうものと思われるが、抽象的、観念的な内容が多いことも具体的イメージ、わかりやすさという面のハードルになっている。とにかく一読、ハテナ?と二読そておそらくこんな感じなのか・・と生煮えの状態で次に進む。やがて難解な中に時に鮮やかにハットするような歌が登場する。広く有名になった歌もその中に含まれるが、まさにこの歌集の良さはそんな風に思った。あとがきでも詳しく書かれているが現在の氏の歌集のイメージとは大いにギャップがある。その語句の難しさゆえ自身にとっては滞空時間の長い読みに繋がった。
「わが愛の栖(すみか)といえばかたき胸に耳あてており いま海進期」
「おそらくはきみが内耳の迷路にてとまどいおらんわが愛語はや」
「始発電車はわれひとりにて むなしさのたとえばズボンが破れしことも」
「あざやかに焼き付けられしわが影の小さき円を出られぬわれか」
「背を抱けば四肢かろうじて耐えているなだれおつるを紅葉と呼べり」
「てのひらの傷に沁む塩 はじまらずおわりしものを愛とは呼ぶな」
「雑踏をぬ来し陽気な耳がやや戸惑いぎみに聞いている嘘」














































































































































