京阪奈再訪、畑仕事、新車導入、犬山往復50.6km

けいはんなの事務所で預かってもらっていた家具を取りに行く。残念にも奥さんは忙しく平日に私一人で車で往復する。引き払って約1年になるのでいい加減に引き取らねば・・という事情もあった。行って驚いたのは事務所ビルの東の空き地だった所に「源氏の湯」という温泉施設があったり北隣にはデータセンターの大ビルが建築中だった。コロナの1年でこうも変わるか?この数年に島津製作所日本電産などの研究施設も拡張されて継続的な変化がある場所なのだと思う。

昨日、玉葱の収穫に大垣赤坂の畑に行く。多忙な間隙を縫って出来る限りの世話をしただけなので正直、豊作でなくても文句は言えずある程度収穫できてまずまず。今年は時ならず玉葱の価格が高騰しているらしく多少は食費の足しにもなる。私が抜き取った玉葱は奥さんが葉をカットして吊るし易い形にして籠に入れていく。収穫後の畑は、土を起こして肥料を撒いて次のテーマ、金時サツマイモとかぼちゃを植え約1Hで終了。土からアマガエルも出てきた。畑の畦にはこの頃通院がちな義父が植えた「ゆすら梅」の実が熟しているので収穫する。こちらは帰宅して奥さんがジャムにする。前回の金柑も甘露煮にしてあり朝のヨーグルトが楽しみ。何となく年齢相応な実益を兼ねた趣味に畑仕事がなりつつある。

(雨蛙)

(ゆすら梅)

(金柑甘露煮)

(ユスラウメジャム)

意を決し新しいロードバイクを購入する。現在のロードバイクは15年になって樹脂の部分の劣化などガタガタで維持回復にコストが必要になることがわかった。距離は地球を1.5周、獲得標高は計算していないが峠中心なのでそれなりにあったハズ。自分の年齢からして次が最後のロードバイクと思う。人生100年と言っても健康年齢は70くらいで自転車で山野を駆けることが可能なのはあと10数年となるとコスパは微妙な感じもするが・・、無為に延伸することだけが人生幸とも思えず残る時間の過ごし方を考え、安くも高くもないレベルの予算を目指す。自分の残り時間は引き算の段階に入っていく。年末から念入り調査の後にショップを絞り、年初早々に注文するも納期に半年ほどかかったのは自動車と同様、コロナによるパーツ不足のせい。最軽量なカーボンフレームにシマノ105コンポほどほどクラスのもので、流行ではあるがお高いディスクブレーキなどは不要という条件を調査した結果は台湾製のGUSTO。昨今、ロードバイクも進化と同時に輸入物品のコストも跳ねあがっているので仕方がないが予算規模を少々オバー。私は以前からGIANT始めとする台湾製の自転車はレベルが高く、工業製品一般、仕事上見ている半導体でも製造はもちろん設計分野も含めてある種の尊敬に似た信頼感を感じている。目出度く先週納車となる。ショップは活気があって入れ替わり納車や購入の人が絶えない。若い人が私と同じクラス・・いやそれ以上のコストの自転車をポツポツ購入して行く。普通の高校生も普段乗りにクロスバイクを購入するようで時代は進んでいる。私の納車は簡単な説明で終わり、車に積み込んで帰宅。

今週は交通安全のお祓いに犬山成田山に出掛ける。9時過ぎ出発は少し遅く気温高め。思った通り軽くて推進力が違う。最初から転倒も怖いので慎重に走り無事到着。車のお祓いに混じって読経を聞くが夏の太陽で30℃以上と非常に暑い。1月とは正反対に成田山のバイクスタンドにロードバイク1台も無い寂しさ。帰路、いつもながら西風の抵抗が大きく体力を消耗、ロードバイクの性能向上にもかかわらず自分のヘタレ加減も思い知らされつつ帰宅12時。ひとまずは安全な出帆で次は山岳の試走で金華山DWの予定。
「人生の最後と思ひ飴色の若いカラーの自転車を買う」
「新しき自転車に乗り川に沿を駆け抜けて行く 時を忘れて」
50.66km 2:25:29 20.9k/h max35.6k 獲得192m
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皐月あとさき、久瀬~春日峠周回(49.2km)、街道を行く「信州佐久平みち、潟のみち」読了

日々10時間以上のデスクワーク連日で細かいEDA作業によるストレスもあって目はかすみ首、腰、背中の筋肉がカチコチであちこちが痛くでヘタり込むような疲労困憊気味。祝日29日が5/2に振り替えられたためヘトヘトになって4/29まで泳ぎ着くも他のメンバー含めて連休中も仕事半分になってしまう。それでもありがたく30日はゆったり午後は散髪、その後ささやかなご褒美として2時間ほど昼寝、生きた心地になる。散髪中に娘が帰って来ていた。残業が多く忙しいらしい。先日出張で行った北欧の話に土産としてコヒー、コケモモのジャムをいただく。今はロシアを迂回するため南回りでは中継含み計18時間となかなか不便になったと思う。円安、特に北欧の物価は高いそうで普通のパスタランチで3000円以上と聞くけば日本の安さは有難い?いや・・工賃も割安というのはいかがなものか。コケモモのジャムは甘さ控えめ日本的で美味しくヨーグルトに入れると割と大きい種があってカチカチと歯で砕いて食べるのは野性味がある。豆を挽いて淹れたコーヒーはちょっと軽めで酸味があり、ゴツイ体のバイキング族の末裔にしては軽い味わいで、カフェ文化が発達していることを含め意外な気がした。連休中盤、疲労から回復し百ヶ峰に登山し新緑と鶯の鳴き声を聞いて初夏の風を浴びる。
「ツブラジイ 輝く森を眺むれば青き嵐は娘の髪乱す」

(コーヒー豆)

翌日、今年から作っている玉ねぎ畑で畑仕事。大垣の赤坂にある義父の畑の一角を三畝ほど借りて寒い2月に植えたものが順調に育っている。もっぱら雑草取りで農作業の辛さは身に染みている私と違い、「収穫」の二文字に燃える街育ちの奥さんのモチベーションは俄然高い。草むしりの後に畑の隅にある金柑の木の実を収穫をし、娘は咲いているアヤメ?菖蒲?とカラーの花を摘んで帰る。帰途、懐かしい水まんじゅうを買いに大垣駅に寄り道し昼食は家の近くのHATというバガー屋でテイクアウト。ここは最近出来た店でそこそこ流行っていて味はまずまず。娘は5日に帰東。

「中空に張る蜘蛛の巣に鳴く雲雀、制空権など無き五月晴れ」

(カラー)

(水まんじゅう)

6日、連休終盤、早朝に仕事をして、自転車を車に積んで揖斐の山峡に向かう。今年初めての登坂rideとして朝鳥公園にデポ。走りだしが10:30と大いに遅く既に暑い。加えて道路事情を把握して無いことに気づく。揖斐川右岸は所々通行止めがあった。西平ダムの所は工事現場の横をすり抜けさせてもらい、その後も崩落修復作業で迂回を強いられる。久瀬から揖斐高原方面に左折して本格登坂開始、マイペースでペダリング。白龍の湯の先の長者平方面のT字路で10人前後のバイク軍団がいかにも連休中のツーリングぽく休憩中。ここまで自転車には一人も会わず。このT字路手前の路面に大型の蝶がバタバタしていたので生類に哀れみ深い身なれば拾って草むらに逃がす。見たことない美しさで後で調べると「ミヤマカラスアゲハ」貴重な蝶らしい。このT字路からが相当長くて久しぶりの本格登坂はヘロヘロ状態で峠に到着、標高は780mくらいか?。あまり涼しくはないが木陰に仰向けで休憩。stravaの記録ではここはは5年ぶりになる。そんなに来て無かった?以前は日坂峠を登ってからこの峠を越えているがあの頃の体力はもう無い。意外と元気な時間の残分は少ないのかもしれない。下りは時速40km以上で爽快なダウンヒル。一気に春日集落を抜けてデポ地点に戻るつもりが、マチュピチュの看板が見えてついでに見に行くことにする。しかし入り口を間違えたようで道がセメントの激坂になり売り切れ状態の足では抵抗できずインナーローでヨタヨタやっとのことで茶店みたいなとこに着く。さすがにロード一人いる。本来の春日のマチュピチュはもう少し上と知りつつも気力も尽きてベンチに伸びる。観光客もそこそこいるので時間とともに名所になっている様子。そこから下って一路デポ地点に戻る。14時過ぎ、遅い昼食も考えたが喉に通らない気がしてダメージは大きい。夕方の天気予報でフェーン現象で気温が大いに上がったと言っている。道理で揖斐も暑かったハズ、早朝に出掛けるに限る。
49.2km 3:30:58  14.0k/h max 51.4k/h 獲得1.019m 
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(春のミヤマカラスアゲハ)

(春日のマチュピチュ

司馬遼太郎「信州佐久平みち、潟のみち」、2月から始めてようやく読了。姫路に近い兵庫県の龍野、室津が出てくるので読み始めたが他の新潟や信州佐久平が面白かった。紀行文、歴史書として今の土地の姿に至るまでの経緯や理由を知ることができ、うーんなるほどと思う。新潟平野の昔の姿、有数の米作地帯、亀田郷の亀田製菓や土地改良区の成り立ちなど。土地が投機の対象になって農地ですらその病気に巻き込まれ一坪30万円の土地で一本100円の大根を作るという資本主義とも言えない歪みを象徴していると書かれてある。佐久平木曽義仲の歴史、軽井沢は明治時代から別荘地として開発されたことなど興味を持って読めた。小諸の懐古園での昼食場面など笑える部分があるのは毎度の定番的エンターテインメントなのかも知れぬ。人間観察、街造りに対する産業的、商業主義的なものへの寂しさにを共に感じる。

 

「坂の峠」千本桜ride(68km)、節句飾り交代

毎度の早朝散歩。日の出が早くなり、野良ネコの活動も早い。いつもの「シマちゃん」以外に最近は新顔のネコも出てくる。やや黄色いキジトラが家の塀から覗く。水戸黄門の金にうるさい越後屋の番頭のようなシブイ顔つきで勝手に「金蔵さん」と名付ける。もう一匹、当初は金蔵さんと区別がつかなかったネコを「もどき」と名付ける。孤独を感じつつ非常に疲れるリモートワークの数少ない気晴らし。

(金蔵さん)

(金蔵さん直立)

(もどき)

週に数回動かすだけの車のフロントガラスには花粉とも黄砂とも不明な埃が大量に積もっている。晴れた日には風が強くアレルギーに悩まされる身には辛い。一度スイッチが入るとクシャミが止まらず一回、一回と体力を失い、又は腹筋、背筋がつり始め落ち着く頃には消耗して大の字になってダウン。花粉症というよりアレルギー症状は黄砂の飛来に同期しているので黄砂症と自覚している。金曜日、10年以上診てもらっている近所の内科に薬を出してもらいに行った。「あんたは杉と言うより檜じゃな?」先生。「花粉よりも実は黄砂症じゃないかと思うんですが・・」私。「黄砂症??、そうかもしれんがまあ、花粉として薬出しときますよ」と花粉にカテゴリされ、ややきつめの目薬、飲薬を処方してもらうが私の黄砂症説は認められない。

プロジェクト2並列が続きこのところ鬼忙しいこともあり2月の四十九日以外は岐阜から出ていない。ゴールデンウイークという連休も海外のアウトソース先や顧客には関係なので中途半端に仕事をすることになりそうで少々悲しく、昨今どうやら真に在宅勤務をびっしり続けていることは近所では相当に少数派になっているらしい。巷社会の本音としては出勤を望んでいようで、半導体設計と言ってもCADを使ったIT業務と大差ないスタイルは珍しい部類なのか。毎週土曜日の午前中は買い物ついでに、「かし是」でその週のパンを買って帰る。主に天然酵母の食パン系を購入しついでに菓子パンも少々購入する。最近路地物で安くなった大きい苺をミルクパンと餡バターに挟んでみるとまずまず美味しく、豆を挽いて淹れたコヒーとともに食し、何気ない時間を奥さんとしみじみ過ごす。出掛けて外食する手間と時間が億劫になってきたことにもありこれで十分。娘と息子の無事安全は何よりの便りで、桃の節句端午の節句の飾り人形を交代する。

「会う人に「在宅勤務」とことわりを言ひて昼の挨拶をする」

「寝床にも不安と悲しみ故もなく暗き彼方の戦を思ふ」

先週は桜も散り始めて清水川に花筏が流れて早くも街路樹のハナミズキが咲き始めた。10日土曜日に最後の花見ついでに、岐阜の北、坂の峠千本桜へサイクルride。AM5:50スタート。車も少なく快適に岐阜市街から長良川右岸、武芸川に到達。ここから「坂の峠」というベタな名前の登りにはいる。一人のランナーを抜いてつづら折りの坂は難なく登頂。千本桜がここからの下り坂の両側になる。まだ7時頃にして駐車場に車がチラホラ。最近バイクの人も多い。桜の他に深いピンクのツツジが咲いている。板取川沿いの林道を走ると道横の日陰に咲く山吹がハッとするほど黄色く、山々は燃え上がるように若い緑で早くも初夏を感じさせる。ラステン洞戸まで登りそのまま佐野坂峠をダウンヒル長良川河畔を抜けて無事帰着。70k弱で登坂高度450mはそう大したrideではないが体重2kg減はまずまずの成果でニンマリ、罪悪感無くサイダーで一服。

68.9km 3:26:36 20k/h 47.8k/max 獲得 452m

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(千本桜のつつじ)

 

長良木曽背割り堤往復73.4km、桜の開花現場

三連休の昨日、日曜日、長良川木曽川の間の背割り堤を木曽三川公園まで往復する。国営木曽三川公園は何度か行ったことがあるが、背割り堤は初めて。以前トライした時は工事中だった。朝7:45スタート。思ったより強い北西風で行きはヨイヨイ帰りはツライものと予想。旧21号から長良川左岸を南下。羽島を過ぎれば木曽川が左から近づき背割り堤まで約1H、ここからは車進入禁止。runとサイクリスト専用道になるので、ここを北端としてクルクル引き返して往復している人やチームが多い様子で恐らく対岸の愛知県の人なのだろう。ゲートで少し休憩して首尾よく集団走行チームの最後尾にくっついて引いてもらう。30k/hで巡航するもやがて先生?コーチ?らしい人が下がって来て最後尾の人と会話し始めたのでトレイン無賃乗車終了。流れもゆったりの大河、左は木曽川、右長良川を分ける糸のような細い堤の上、ここはもうすぐ海に近い河口と、あこがれに似た感情が湧く。北杜夫「河口にて」という短編を昔読んだ。アントワープ港に停泊する船がテーマになっているが、全く無関係に「河口にて」という言葉が思い浮かべながら南端、立田大橋に着き当たり、そこが国立木曽三川公園で治水タワーがある。更に南下すると長島温泉、伊勢湾になるが今回は三川公園で引き返す。チューリップ祭りで有名な公園も9時台では人は少ない。帰路、雪を被った伊吹山奥美濃の山をを左奥に見ながらひたすら逆風のなか平均時速19kmでペダルを回すものの力尽き羽島にて休憩し11:40に無事家に帰着。背割り堤はサイクリストがひっきりになしにトレーニングする大いに活気のある場所だった。

(三川タワー)

73.38km 3:30:20 20.9k/h max41.51km/h 
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もっぱらコロナよりニュースとしてロシアのウクライナ侵略が深刻になる。日々この世の理不尽を深く思う。地続きの大陸の国境の意味、大変さを思い、つくづく海洋に浮かぶ英国、日本の地政学的安定さを知る。ナポレオン、ヒトラードーバー海峡を渡れなかった。その割に、通貨が売られて円安が進行する状況は解せないものあり。単純に金利差の問題と言われるも借金が膨大ならば金利は上げられない。

「温みゆく空気のなかで沈みゆく心の重さ感じつつ春」

「凄惨な戦場報道日々見つつ あゝ無力なり春の憂鬱」

日々、ニュースを追かけ在宅勤務が続き清水川沿いの散歩コースも少しづつ桜の芽が赤くなる。早朝から歩く、特に壮老の人が目立って増えてくる。度々すれ違う人から受ける挨拶も、見知らぬ人から会釈されるのも悪くはないが、朝は静寂、張りつめた空気に鳥のさえずりがふさわしいと思う。長年の試行の結果、書き味というか・・ノートはやや高くてもツバメノートを使うようになった。自分でも小うるさい壮年人になって来た自覚はあるが、近所ではロフトにしか置いてない。今日は春分の日で風も穏やか、午後、名鉄駅近くのロフトへ散歩ついでに買いに行く。メジロ以来、鳥にも興味が出てきて川沿いの鳥を写真に収めると意外に美しいヤツに出会う。元、岐阜野鳥の会会員として調べるとルリビタキか?

川沿いしばらく歩くと一角に黒山の人が集合している。ジイサン、オバチャン、中年の人、望遠レンズのカメラ持つ人、脚立を持つ人、などなど・・。「ホレ、5輪以上開いとるがねぇ。」「この場は一応開花基準ですっ。がぁ・・周囲の木の状況も鑑みて・・の判断になります」と胸に小さく気象庁と書いた人が言う。宣言を待ちわびている人々に、そう言って気象庁の男女二人は去って行った。歯切れの悪い言い回しと思ったが、安堵の気配とともに人は順代わりに、控えめに咲いた桜の写真を撮り始める15時。周りの野次馬の期待と圧力?によるものか、公式宣言としてはいささか偏向バイアスがかかった気もするが目出度くもこれが2022年桜開花宣言の現場らしい。フライング??、標準木のプレートの木はポロポロ開花しているが他の木はまだ冬枯れの装いのままでずずいぶん寂しく思える。

 

満中陰、谷汲花立峠周回54km、諏訪哲史「スワ氏文集」読了

喪の期間を経て2月月末に父の満中陰、いわゆる四十九日の法要行う。僧侶の読経に合わせて初めてお経を流し読んだが漢字ばかりでもそれなりにニュアンスがわかる。読経後、僧は一連のしきたりや法要について解説を含めで説明された。満中陰で往生し、あの世に旅立ことや、1回忌などの日数の数え方など関東、関西の習わしの違い諸々、私は知らなかった。兄の話では、あれこれ役所の手続きなどやることが山とあるようで、この日の準備を含めて落ち着く暇もないようで兄夫婦に対し申し訳なく思う。この日も、穏やかに晴れて暖かい。近所の寿司屋で昼食後、母に別れを言って姉夫婦の車で姫路駅まで送ってもらう。一連、努めて質素な葬儀でもそれなりの出費がかかることを知り、せめて私どもは周囲現役の家族に面倒、お世話をかけないようにしたいものだと、車窓には幼い頃に連れて来てもらったたことのある須磨浦の明るい海を眺めつつ思う。

「須磨浜のかの日かさなるまぶしさを辿りて走る湾岸電車」

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(姫路駅前)
コロナワクチンブースター接種を先週土曜に打つ。今度はモデルナ、夕方16時に市庁舎で打ってママチャリで降りだした霙の中をギコギコ帰って来るとその2時間後には目の前に星が回り始めて布団の中にダウン。「ファ、ファ、モ!は一番酷いパターンと皆言っとるね」とは娘の言葉、効果テキメン二日ほど熱が下がらず月曜日は有休にする。本朝、清水川沿いを散歩、梅の花に来たメジロを撮る。朝の光のせいでくっきりとは撮れないが冬もようやく終わったか。

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(朝日の左に恵那山)

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メジロ

喪明け、ワクチン接種後で自転車に出る。西北の山は未だ多くの積雪で白いのでせいぜい近い山の谷汲から大谷スカイライン方面に出る。昔はよく来ていたがここ1年以上は来ていない。寒いと思って長タイツ、長袖だったが道路の温度は20℃でむしろ暑い。なんとか花立峠に登って見ると遥か岐阜市内に4本のタワーが見える。また1本増えたのが建築中の36階建てでその他マンションばかりがニョキニョキ増えている。実際市街を走ってみると販売中看板をよく見かけ入居開始後も長く広告も下げていない。単純に売れ行きの問題よりも供給過多、または相当に値段が高かくなったと推察する。今年初めての山岳コースを約3時間で無事帰宅、サイダーで一服。
53.78km 2:54:29 18.5k/h 獲得高度319m
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諏訪哲史の「スワ氏文集」を読了。これは新聞、雑誌のコラムをまとめたもの。ずいぶん前に、新聞にちょっと面白いコラム欄を見つけ好んで読んでいたのがこれで、突然無くなって残念だった。その当時も、今も関心を持って読めるのは、この地方の老人言葉を何ともユーモラスに解説されているところ。「ええ日んなったね」「ほおだなあ」「あんれまあ、風つよにゃあか?」「そんなことありゃせんて」「よお降るなも」「ビタビタだわ」「でえれーえれーげー」など基本形。義父母からこの方言を初めて聞いた時は驚いた記憶がある一方で、販促の電話対応によくこの手の言葉を使いアホらしい笑いを誘って穏便にお引き取り願う実用性もある。若者の言葉編、「だよねー、つかー、そんなの知らねーしキョウミねーし、かなりひく萌ギャグかましてくっしー!」「この羊羹うめーし」「チョォー激眠」など用法が理解しやすく書いてある。他方、東日本震災後のコラムでは、勇気や感動や元気を与える的な記事を安易な「無被災者病」とシリアスな指摘もあり、約10年前のコラムにして現在も通じる内容が多いと思う。多彩な文体を用いられる著者の小説を読んだことはない。ただ、ひたすらユーモアな随筆も必死を絞り出すような真剣さで執筆されているものと北杜夫氏が書かれていたのと同じく想像しながら読んだ。

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節分、干支の交代前後 ひろゆき氏「シン・未来予測」読了

1月下旬、父は他界した。数年前に腰を患って以来、痛みを伴い歩行も不自由になって老いが急な勢い進んではいて、昨今のコロナと姫路との距離の間で往来思うにまかせず突然のことになった。96歳に近かった父に実家でこの元旦に会ったことがせめてもの事になる。近年には珍しく厳しく寒いこの冬にあって、家族だけによる葬の数日間は不思議と寒さが和らいでいて、火葬場から母を先頭に兄姉とともに出た時、少しまぶしい青い空を見上げて悲しみの中に何故か救われたような気がした。久々に兄、姉の夫婦家族一同が会す。会えば子らには死ぬ際まで迷惑かけられんと口々にしていた父母を思い出し、やがていつかは来るであろう自身にも訪れるその時のこと、その後思うこと多々。

「弱々く歩める母に抱かれて骨壷ひとつ変わりたる父」
「悲しくも「よく生きたよ」と見上げれば雲おだやかに空を流れる」

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節分は普段通りに干支の交代。相変わらず時間が足りない慌ただしく日々に埋もれ、週末にも用事が続く。この3連休は娘の社宅引っ越し手伝いで横浜へ行く。引っ越しそのものは会社ぐるみで委託された大手の業者がやってくれるものの、引っ越し先の寮に不要なものを引き取るのと粗大ごみの廃棄を手伝いに行く。ところで、本来は車で行く予定が前日の雪で首都高速通行止めのアナウンスもあり車はスタッドレスを履いていないので作戦変更、ここは割り切って新幹線で行く。まだ使える大きめのものは娘の持っている大型スーツケースに入れて持ち帰えることにする。最後に力仕事が残る。11日の昼から始めて荷詰めと廃棄、そのままの調子で12(土)。この日は暖かく天気も良いので、作業を早めに切り上げ鶴見周辺のメジャースポット?らしい海芝浦駅を見るため夕方17時に鶴見線で出掛ける。以前からこの駅に行ってみたかった私としてはこれが最後のチャンスでもあった。この駅は川崎の臨海工業地帯の海の上にあるので工場夜景と海の風景が楽しめるらしい。偶然にも絶好の空模様で、娘も奥さんも携帯カメラで撮りまくっていて、奥さんのモチベーションが高さは私の予想を越えた。東芝の工場とその前にある小さい公園しか行くところ無いのでブラブラ40分ほど過ごす間に日没は夕焼け、焼け返しとなって深い紺と朱色に染まる。向かいのJFE溶鉱炉からかフレアという煙突から炎が出た時はこれぞ工場夜景の真骨頂だったか。飾り気もない駅のホームには結構な老若男女がいて、ここはかりそめならぬカメラで撮影スポットになっている。見るからに昭和的風景で寂れた感とわびしさが、こと日没とともに照明の灯りが海面に揺れる夕刻になっていや増しに増して心惹かれるものがあった。

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(工場煙突のフレア)

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次の朝、9時から始まった荷出しは礼儀正しく丁寧な業者さんの手で40分で積み込み終わる。鶴見川多摩川を渡って目的地の小田急沿線までは聞けばトラックで約40分と意外に速いので娘は荷入れのため早々に寮に向う。気は心程度に掃除をして部屋を後にする。駅までの歩道上の足下に東海道であったと言うマークに気づいて見ていると、パラパラと寒い雨が降り出す。午前中には荷入れも終了した様子で寮の写真などがLineで届く。

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ひろゆき氏「シン・未来予測」。別の本を並行で読んでいるが奥さんの借りたカラフルな本が机に置いてあったのでパラパラと開けて見ると遅読の私にしてはスーっと読めるので何度かゲリラ的に拝借して速攻で読了。あまり役に立たないと思うからに、この手のハウツー本に属するような本は全く読んでいないが、ネットで有名な氏の意見をまとまった形で一気に知ることは出来て意味があった。プログラミング教育や老化と人口減少の問題、二極分化など、ガッテン、なるほど思うことなど多いが概ねこの国の未来予測として厳しい内容が示めされている。問題は、わかちゃいるけど手がつけられないのでそのままに・・政治的なスケールの問題でもあってあって何ともならず、個人の範囲としては出来ることに備えましょうという風に読めた。「私の借りて来た本を勝手に持って行くな!」お叱りを受ける。

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越年諸々、走り初め犬山往復50km

コロナのオミクロン株が増えている年末年始を無事に終えるた。一昨年9月以来約1年3か月帰国していない息子は年末にむけて留学先から一時帰省する予定だったのでこちらもそのつもりで準備をする。予定は12月初に帰国し1月初旬に離日するというもの。オミクロン株が燻り始めたのでその間の検疫水際対策強化方針などが日々変化するのでその点での対応変更はあったものの概ね無事終えることができた。羽田に到着し通関後そのまま強制隔離で神奈川県のホテルで3日間を過ごした後、再度羽田で解散となるところを私らが羽田で自家用車でピックアップに行く。少し暗く人気まばらな第三ターミナルで再会しそのままトンボ返りをして自宅で自主隔離をさらに11日間というもの。同飛行機乗者に陽性者が出ると強制隔離となるのでそのこと含めて運、不運にも左右される。奥さんともども在宅勤務となり広いとは言えぬマンションでの缶詰が当初は息詰まるものと心配していたが意外にも3人の巣篭もり生活は留学先土産話など話すことが多く、退屈知らずアッと言う間に過ぎてむしろTVなどで暇をつぶすこともなかった。「強制隔離の缶詰ホテルで出る弁当は意外と良かった」とか生活や友人の話、お互いに食事を作ったり、むしろこんなに長く一緒に生活する時間は今後においてそうそう作れるものでもなく良い機会になったと言える。寒に風呂上がりのパンツとシャツ姿を見て「体冷やすな」と言えば「あっちは-9℃や、ホンマ日本は暖かい天国や」とのこと。11日間めでたく自主隔離が終わった後は金華山に自転車で行く。小春日和の美しい空の下、久々の走行で年長者を気遣ってもらいながら登坂する身は何とも面映ゆいが嬉しさがある。結局これが私の走り納めになった。

「自転車に乗りて跳ねつつ吾を待つ君は笑顔で峠の上に」

28日に娘も帰って来て久しぶりに家族が揃う。元気そうではあるが大変忙しいようで残業と言う時間の仕事をそれなりにこなしているらしい。二人はそれぞれ大いに多忙であっちこっちの友人と何件もの会合で連日家を空けたが大晦日の夜は4人揃って私がニシン蕎麦を作り年越しそばを食す。この日大雪となり元旦に折角4人で行く予定だった姫路への帰省は車を使えず断念。今の車にしてから雪なら乗らないと割り切ってスノータイヤを不所持で今まで困ることは無かった。物理的に簡単には会えない息子と私二人で新幹線で姫路に向かうことにする。元旦、関ヶ原から滋賀南部まで白く雪に覆われているのを見ながら帰省。老いの目立つ、数年ぶりに既に記憶があいまいになりつつある父母に会う。帰路、姫路城を息子と見学。寒いながらも観光客がそれなりにいる。姫路駅では懐かしの「えきそば」を食し満足する。残念ながら元旦は明石焼きは休み。帰りは在来線で息子は京都で途中下車し清水方面へ行ったそうだ。私は京都駅からそのまま帰岐。二日は伊奈波神社へ初詣、久しぶりの4人の行動。プレリュードという洋菓子屋でケーキを買い昼後に私が豆から挽いて淹れたコヒーと食す、美味なり。疲れ気味で午眠をとって寝ころんでいると娘の弾くピアノと母と息子の笑い声が廊下伝いに聞こえてくる。家族として最もエネルギーの強かった頃、その様子がよみがえり懐かしい。もちろん姉と弟はまさに青春のエネルギーに満ちているが。3日夕方、娘は横浜に戻る。正月明け息子も免許更新など予定を済ませて岐阜を立ち娘の部屋で一旦デポ、帰路は成田から出発する。当日、フレックス勤務で成田まで見送りをしてくれた娘が撮った写真が送られ「そうそう帰って来れんから今度は来てくれよな」と言い残し離陸、14時間その日の夜留学先到着。今回は自分の自転車を持って行くべく積みこんで輸送して行った。

「三度目の旅行に来いよと口にして慣れた足取りゲート(通関)をくぐる」

「あまりにも多く短くあり過ぎて切ない記憶をあれこれ辿る」

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(自転車ケース)

 

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金華山晦日

多忙で慌ただしく、1カ月前のことが思い出せないような一時期が終わり部屋は滴の音も聞こえるような静寂に包まれる。随分と長い間、よくこんな狭い所に四人で押し合いへし合い、ネコ団子の生活をしていたものだと思うが二人だけでは空間を広く感じる。最近は教えてもらうことも多くなり、「ふだん履きの運動靴がすり減ってダメや」と言うと「あっちではこれが流行っている」と息子が紹介してくれたので即決ネットで確認して購入する。実物が予想外に落ち着いた色でもっと明るい色にすべきだったと思ったものの履き心地はグッド。曰く「同じような年代の人がカラフルな服装で皆この手のシューズを履いて颯爽と川沿いをrunやwalkしている」らしい。娘、息子から教えられること、アドバイスが適切な事が多く老いては若者に従うということがまんざらではなくなってきた。

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(オンランニング)

成人の日、3連休中日、走り初めで犬山成田山を往復。暖かくはなかったが風は弱くまだマシ。相変わらず業務も多忙で正月中も暇を見つけてkeyを叩いていた。海外に比べ祝日が多い日本は本当に勤勉で働き過ぎであろうか?と思ったりする。5℃以下でも大丈夫なウインドブレークジャージ上下にマスク、シューカバーと自身としてmaxの防寒対策で出発する。加納の中山道から各務原を抜け木曽川の橋の上で伊吹山が白く見える。渡って左岸は上流に向かって走る。江南治水タワー付近は人出は多く用心しつつポタリングの人を抜きながらしばらくすると後ろに誰か付いていることに気付きましたがそのまま走行。治水タワー過ぎたところで横に並んできて「オレ、何歳に見える?」と聞いてくるので「エー、何??」と速度を落として聞き返すと「80歳だぜ!」とノーマスクで笑うので「元気すぎです、スピード違反ですよ」と返すとその人は笑いながら下がっていく。「なんや交代する気ないんか!」と立腹しつつ走行。CRから堤防道路に上がって白帝城と呼ばれる犬山城下を抜けそのまま成田山まで登坂。お祓いの車で結構渋滞しているのでゆっくり登って本殿後ろの自転車ラックの隙間に自転車を掛ける。私の10万そこそこのとは違い皆さん30万円クラス以上の高級自転車ばかり。今日は成人の日と気づいたが晴れ着姿が犬山城の前でも多かった。帰りは木曽川橋までCRを走り笠松を通って帰宅。夕方、岐阜にオープンしたGAINTショップに行くと目立たない辺鄙な所にあった。奈良のGAINTは住宅街の真ん中だったのでちょっと意外。TCRの105コンポのカーボンフレームで30万オーバーとは私の感覚より5万ほど高く物価高騰しているということらしい。ヤレヤレ、シマノのコンポが不足して完成車も不足しているようだ。

50.97km 2:28:43 20.6/k/h 獲得標高190m
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(伊吹遠望)

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犬山城

ピロシキの鬼、越前行、石沢麻衣「貝に続く場所にて」読了

先週実家の姫路に帰る。ワクチン接種と連続した緊急事態宣言明けを待って約1年半ぶり。時の経過、老いは抗いがたく前回顔を見た時よりも父母は明らかに老いていた。施設の話も出ているがまだ調べ始めたばかりで老老介護の現実を目にする。「もう日に日に一日のことしか考えられん」と母の話を聞くと悲しみと感謝似た感情あり。他人事でもなく自身、長生きするということの意味をその姿から考えさせられる。兄夫婦とその他諸々を話し、特に兄もやっている自転車の話題になって新しく買ったロードバイクを見せてもらう。バッソというなかなか渋いブランドだった。14時に辞して姫路駅の地下で明石焼きを食す、懐かしい。ついでに、まねき食品の駅そばも食す。これも美味、少々食べ過ぎ。ピロシキを買うため三宮で途中下車。奥さんに言われていた三宮阪急の地下でピロシキ屋を雑踏の地下街を探し歩く。過去何度か来ている所でも忘却のせいでで迷いつつやっとのことで発見。いつものように結構長い列の後ろに着き、買っていく人の様子を観察しながらまんじりと待つ。一人前も同じく独人で買いに来ている男性で黒い背広にコートのフォーマル姿、腕組をしてじっと考えているような風。だんだん順番が来るに従い、その人の顔が赤くなっているようで、酔っているか?もしや風邪でもひいているかな??と思っていたら「全ての種類、二箱分づつお願いします!」充満していたものがはじけ飛ぶような力強い注文。凄いビッグオーダー、6種類以上だったか、揚がったピロシキはトングでガッサガッサと8個入り箱に詰められていく。包装するだけでも相当に時間を要し列はいよいよ長くなる。後ろのご婦人も少し唖然として見ておられ、ますます赤くなった男性は万幣を2枚出して支払い早々両手に紙袋一杯のピロシキを持って足早に立去った。ああ、ピロシキの鬼のような人や・・大人しく季節のお徳用箱1個を買って帰る。自身も奥さんに教えられて知ったロシアのおやつピロシキはもう少し流行っても良いような気もするが店は少ない。

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本日、義父母が行きたいと言われていた越前カニ祭りに出かける。この祭りは漁の解禁を祝ってか11月の週末にやっているらしい。もっともカニ好きの私のためということでありがたくコロナが落ち着いていることで出掛ける。天気は小春日和、朝7:30に出発。高速を下りて敦賀から潮風ラインという海岸道路で約1時間道の駅越前に9:30着。既に駐車場は満車近く県外ナンバーが多い。横のワンボックスはコンロに火をつけて鍋をやっているのは和泉ナンバー。越前ガニとセイコガニを買い混み合っている会場を早々に出る。越前灯台に立ち寄る。この時期、人気は無く急坂の上、白い灯台の向こうに日本海は深く静まっている。風に吹かれている水仙を花が趣味の義母が見つけて数本摘み取る。敦賀へ引き返す。ずーっと続く海岸は山が海岸までせり出てきて急な断崖になって切れ落ちる。なかなか地形的には厳しく、まして冬の厳しさは曰んやをや。漁村、温泉、北前船の館などの沿道を通りながら敦賀に到着。義父母が正月向けの数の子を買うため、「お魚市場」で買い物に付き合う。よく見るとここにも目玉商品として並んでいる越前ガニは値段が安そうで、ハテこれははモノの違いか?昼食は敦賀駅に近い「弥助」という義父が来たことがある寿司屋に入る。ご主人曰く「越前カニ祭りはね・・観光客目的なので安くはないですよ!今日あたりは敦賀の方が10%以上は安いね~」とのことで少なからずがっかりする。寿司屋の前の道路に何故か、宇宙戦艦ヤマトのモニュメントがあった。聞くと道路の反対側は銀河鉄道999のモニュメントがあるらしいが松本零士とは縁もゆかりもないそうだ。一路岐阜まで、何はともあれ義父母は久しぶりの遠出に満足された様子で15時着。

「冬を待つ北国ふかき海の蒼小春の傾(なだ)り水仙揺れる」

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帰宅後夕方にrunに出掛ける。柏の杜公園から金華山DWまで夕暮れの街並みの灯りが美しい。山道は真っ暗なので首に下げたライトを点灯して下る。
https://strava.app.link/ggMH0fy75lb

f:id:azutatsu:20211219092638j:plain珍しく文芸春秋を買い石沢麻衣「貝に続く場所にて」読了。今年の芥川賞作品。ドイツ在住の作家、ドイツの町が舞台ということで興味があって読み始めたが大苦戦、トータル3か月を要す。純文学的な文体もあって、表現が観念的でもう一つイメージが自分の中ではっきりしなかった。夏の時期、街の明るさ、森の暗さ、出てくる幽霊の意味も何故か全体がぼんやり感じてクリアにイメージできないところが苦戦の原因か。TVの映像でしか東北震災を記憶していない私にとって描かれている記憶の部分も、幽霊になって現在によみがえるところの関連性もクリアにならず読んでる最中も読後も淡いままにメッセージ性も少なかったように思う。寺田という人が幽霊とわかるが、もしや寺田寅彦のことでは・・?と思いながら読んだが当たったことと、ゲッチンゲンの惑星の小径というのが意外に面白そうとわかったことが収穫と思える。読後に受賞者の言葉、受賞者インタビューでそれなりに本編のひも解きを読んでも消化不良的な印象は変わらず。

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三浦半島、横浜巡り行

緊急宣言が解除された。あまり遠出もできず、前から娘の様子を見に行きたいと奥さんが言ってたので再発せぬうちに早々に出掛けることにした。物事万事、様子を見てじっくり落ち着いてからやろうという慎重さより期を逸せずタイミング良くやっておくという考え方で立案。金曜日の10月15日は奥さんも私も有休を取って出発し2泊は娘ともども横浜山下公園前にあるホテルで過ごし私は帰岐、奥さんは娘の部屋(鶴見)でもう2泊して帰って来る予定にする。そんな話をしている数日前に、娘が2月に新築される世田谷の寮に引っ越すことが決まったので横浜近辺をゆるり散策する機会もそうあるとは思えない。
当日、早朝に出発し名古屋、朝6時台の新幹線で東上。横浜駅で大きな荷物を置いて軽装になって北鎌倉駅に向かい鎌倉の山越えと江ノ電沿線のいわゆるゴールデンルートを観光する。場所柄、本音を言えばもう少し若い年代で来るべき所かもしれないが50代でもそれなりに楽しめるものに事欠かない。北鎌倉駅、大勢の人が降りて賑わいあるが制服姿が多い。駅のすぐ横の円覚寺北条時宗の廟所とあるが、その脇に何匹かリスが木々の中で動いては鳴いているのが気にかかる。ケケケと聞こえるリスの鳴き声をマジマジ聞いたのは初めて。ここからは、大仏ハイキングコースを歩いて行くがこれが予想外の悪路、木の根やすり減った岩が普通の靴では何とも厄介。源氏山公園近くから長谷の谷(やと)に下る際に奥さんは足が滑べって腰を強打してしまい痛みで動けずしばらくじっとする。いやはや、何人かは歩いてはいるがメジャーな観光コースとは言えないような山道に思う。その後はゆっくり大仏まで到達。晴天で予想外に暑い。修学旅行、遠足の生徒が多く賑わいは結構なものに見える。宣言解除で一斉に学校行事が始まったようで卒業写真に必要なのか先生は生徒の間を撮りまくっている。

「宣言の解けた合図で堰を切る北鎌倉は遠足の波」

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腰の打撲の痛みが少しは引いていったということで長谷寺から御霊神社を巡る。私は3年前に来た場所でもある。前に比べ歩幅も歩速も小さく歩く奥さんの姿を気の毒に思いつつ狭い路地をゆっくりついていく。無理はいけないのでここから移動は電車中心で江ノ電フリー切符を使い七里ヶ浜まで行って海岸沿いのカフェで休憩。おお、サーファーが何人か波間に浮いている。ここではサーフィンは身近な馴染のスポーツらしいが相当難しいのか長い時間波を待ってチャンス到来乗るのは一瞬だけで即、砕ける波にのみこまれていく。テーブル前にブロンドの女性が海を見ながらフランス語で携帯で話していてこの光景なんぞいかにも湘南ぽいところか。鎌倉高校前と稲村ケ崎を少し歩いて鎌倉駅へ戻る。夕暮れの人の多い若宮大路に出て「三浦半島記」で読んだ段葛(だんかずら)を実際に見る。確かに異様な道でこれが800年前の土木工事で出来たもの、というのに感心しつつ帰路の鎌倉駅に向かう。夜、ホテルに着いてから中華街にて湿布薬とパイナップルケーキを購入。21時を回って勤務を終えた娘がホテルに合流、元気そうでなにより。おおよそ週の半分を在宅と出勤を繰り返しているらしい。

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七里ヶ浜休憩)

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(鎌倉高校前近く)

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若宮大路、段葛)

翌日は曇り。奥さんの腰の痛みは和らいだということで朝はゆっくりスタートし娘の案内にてバスに乗り三溪園を巡る。原三溪は岐阜の柳津の人だったらしいが郊外の田舎にこんな人がいたとは驚き。京都の寺や家屋を移設した純日本式の庭園で印象としては後楽園にも似ているように思った。午後、元町に戻り、台湾スイーツの豆花を食す、やはり美味しくもっとメジャーになっても良いように思う。人出は多い元町の通りから山手に上って洋館を見ながら港の見える丘公園に行く。娘が言う通りにバラが見ごろを迎えて素晴らしい。しかも無料で多くの人がバラ園を散策して写真を撮っている。中には本格的なカメラマンらしい人が犬と飼い主にポーズさせて撮っている。名前になっている港の光景は工業地帯にしか見えず、その中に何やらガンダムらしいものを見る。最近出来たちょっとしたテーマパークらしいが娘曰はく、「外から見るだけ十分や」だそうでアムロになるまでもないらしい。少し戻ったエノキテイという洋館でコーヒー休憩しホテルに引き揚げ夜は中華街の重慶飯店、まずまずの一日也。

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(豆花)

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(バラ園)

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三日目、日曜は朝から雨。余裕を持ってゆっくりチェックアウトし娘の部屋のある鶴見へ向かう。ふーむ、車窓から新しく出来たロープウエーのゴンドラがちらりと見えるが、確かに珍しいがどの程度良いものかはわからず?昼食を部屋で済ませ、電車を乗り継ぎ青葉台の私の親類のお宅にお邪魔する。実に久しぶりにお会いし、お元気そうで私の娘と同世代の娘さんふくめ、かなり大きな犬に驚きつつ約2時間のお茶は色々な話題で過ごすと意外にあっと言う間に過ぎた。4時過ぎに失礼し十日町駅まで送っていただく。新横浜駅で下りて上層階で少し早めの夕良。イタリアンのアマルフィと言う名は確か七里ヶ浜のカフェと同じ名前でチェーン店なのか?わりと混んでいた。ここで奥さんは娘の部屋でもう二泊するので私は独り帰岐。
鎌倉の段葛など読んだ「三浦半島記」の予習効果は十分にあった。隅々までとはいかないまでも鎌倉から江ノ電、横浜のメインストリームはい行けたような・・。やはり鎌倉は奈良、京都のことを思えば範囲は狭く個々の社寺も規模は小さいと思うが、長谷観音や銭新井弁天などちょっと違った味がある。もっとも大きな違いは、森の中で陰に佇む寺社にしても、ここは南に向いた海岸にほど近いという意識もあって光や風に何気ない明るさを感じることのように思う。しかし、あの大仏ハイキングコースの山道の悪さはいただけない。歩幅ふくめて岐阜の金華山でももう少し道が整備されているように思う。

「階(きざはし)を登り返れば汐の香の空気は社を吹きぬけてゆく」

百ヶ峰周回(330m)、司馬遼太郎「三浦半島記」読了

岐阜も朝晩は涼しくなってくる。早朝、散歩に出かけるときに丁度日の出の時間になり朝日が美い瞬間がある。周囲も殺風景なビルが増えている。市中心に人口を集めると言っても建築中のマンション数は明らかに過剰な気がする。

 

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在宅勤務で10時間ほどPCの前にしていると目の疲れに劣化を感じる。先日、スーパーでこの季節らしい岐阜の和菓子「栗きんとん」を今年の初物として買う。奥さんと一服して和菓子をいただく直前に「おかしい、違うぞこれは!」とのたまう。確かに口にすると栗きんとんにしては妙に粘ちっこく、よーく見ると包装にはくずした書体で「芋きんとん」と書いてあるらしくあらぬ嫌疑をかけられこっちも立腹する。確かに栗きんとんにしては異様に安かった。万事、細部が見えづらくなって来てスマホの画面の文字も厳しい。このままいくと騙されてもわからなくなりそうで老人がipadを持ち歩いている気持ちがわかる。再び仕事多忙。中華圏の需要が多いようで、雨後の筍、聞いたこともない名前の会社からの問い合わせが多い。それなりのコストが必要にもかかわらず世界最大のファンドリーのテストチップサービスも受付即満杯で相当に活況、明らかに邦会社よりも攻撃的。遅ればせながら感もある日本の所得水準や購買力が停滞していることがニュースで出てくるようになった。物価が安いと2年ほど前に来てもらったインド人の派遣技術者さんも、百均の価格が本当に100円であることにマジ驚喜感激していたので聞くところ地元では150円くらいだった。昨今円安のせいもあり、その傾向は益々進行しているらしい。先日、欧州にいる息子が夏季訪問先のハイデルベルクで入った激安スーパーにあったパート募集案内の最低時給は€15.3だったようで2000円/H弱、論より証拠・・・。「安い。成長無い」「低購買力、コストプッシュインフレ」諸々。半導体の強化にしても失地回復は容易ではなく、まずは人的育成に相当時間を要する覚悟が必要か。先々、息子と娘ら若い人が活躍していく世の姿を想う。

「川沿いの古道を歩く夢の中 ハイデルベルクを旅人として」

このところ晴れた日が続いている。先週、10月2日(日)。昼食に蕎麦を作るのは自分の役目。午後、少し暑い陽光の中を百ヶ峰に向けてスタート。シューズのソールが剥がれたので新品を購入し今日はお試しライド。百ヶ峰は半年以上ぶりで、まずまず順調に登って来た。思ったより湿気が多く霞む空気で乗鞍、御岳などの遠望は効かず。長良温泉沿い長良川河畔で写真を撮る。シューズのクリート位置を若干調整し他は問題なし。帰宅後、今日はドクターペッパー。このチェリーコークのような味がちょっと良い。
30.62km 1:55:29 15.9k/h 35.6kmax 獲得標高434m
Strava
https://strava.app.link/KqCzmVoUBkb

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長良川沿い)

ずっと読んでいた司馬遼太郎三浦半島記」読了。自分の知識を予想外に刺激してくれた。三浦半島と言っても概ね、鎌倉時代を中心に歴史的な史跡を巡り背景や逸話を引き出して物語っていくため、鎌倉中心に伊豆半島や房総半島、相模、武蔵の話も出てくる。武家政治の確立と言っても律令制と地続きの平家統治と御成敗式目による源氏の統治はでは大きく違い、源頼朝の立てた幕府の目的は関東武士間の地権利争いの裁判だったらしい。公家や寺社が地主だった律令制から鎌倉時代から土地が開墾農場主の武士のものになったようで、その後、19世紀まで武家政治が続くのでこの転換点は大きい。しかし幕府成立に参画した武家は陰謀や内紛で北条氏の他はほぼ滅ぼされてていくのを見ると時代の陰湿さを感じる。話は変わって幕末、勝海舟が咸臨丸で訪問した米国からの帰国後、江戸城内で老中に報告した時「アメリカはどんな国か?」と老中に聞かれ、海舟「アメリカというのは、えらい人ほど賢い人という国でございます」と答えたそらしい。「日本はそうなっていない」と暗に言いたげで並みいる老中はいやな顔をしたらしい。返って現在はどうか?えらい人の記者会見を見るにつけ、昔も今もどうなんだろうか・・・?と思う。

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