清水川虫日記、養生の記、永田和宏氏歌集「メビウスの地平」読了

6月20日、今年初めてエアコンのクーラーのスイッチオン。気温というよりも多湿がたまらない。もっとも岐阜は40℃近くまでいくのでまだ助走程度。腰痛からくる左脚の間欠性跛行と痛みが改善しない。最初は効いていた仙骨ブロック注射も三カ月弱で回数を追うごとに改善乏しく一段高度な医療を受けるため大きい病院を紹介される。日々の生活の不自由もあり仕方なし。晴天30℃を越えた夏空の下、大きな病院の玄関をくぐり脊椎専門の診察を受ける。待合室には老人と同じく若い人もいて松葉杖やギプスなど見るも痛々しい。ここは昔、自転車転倒で左肘の骨折で入院手術を受けた病院でもある。一通りの検査にMRI検査や神経ブロックなどの処置を受ける。MRIも閉所恐怖を感じさせない工夫か熱気球の映像などが流れて飽きることはなかった。ブロック注射もこれまでとは違ったレベルの上がった治療に入る。日々の薬も増えてすっかり病人的な生活スタイルになる。夏の暑さを乗り切るためにふるさと納税を使って鰻のかば焼きを注文していたが、奥さんは過去何年に渡る全国津々浦々の比較から出した結論として「やはり国産で関が一番」とのことで隣町の関市の鰻屋のをオーダーしていた。さすがに店で食べるのには劣るが確かに美味しく病身に気弱な身には沁みる思いがする。刃物の関は昔から刀鍛冶で有名で、なんでも夏でも暑い鍛冶場の仕事に負けないスタミナを採るために鰻を好んだそうで今でも割と有名な鰻屋が集まっているのだとか。昨今はアブノーマルに長い行列を並ばずには席に着けないらしい。

ニュースになっていた、スーパーで初めて本物のナフサ節約カルビーを見たので購入。これはこれでイケテルように思うが・・。

散歩で歩くのも辛く距離も短くなって近場はママチャリで行ける範囲で買い物など済ます。昨今の予算不足?か、市街の道沿いは樹木が伐採され緑がすっかり貧弱になっている。手入れの費用が勿体ない?盛夏の日射を避ける木陰も贅沢品ということなのか、考え方の行き着く先も貧困のような・・。近辺では駅近くの清水川公園付近に唯一のまとまった緑の豊富な場所がある。ただ5kmも行けば300mの金華山があるのは救いではあるが。毎年夏になると決まったように清水川沿いを歩いて虫を探して歩いていたが今年はママチャリでウロウロ、何種類かのカナブンやコガネムシを見つけ、近くに蝉の声が聞こえると「ああ、今年も夏が来たぁ」と一方的に東京の子らにLineを送る。

(アオドウガネ、光沢美しい)

(カナブン、渋い輝き)

(ツマグロヒョウモン)

(怪しげなシタベニハゴロモ、カメムシ類の害虫とか・・)

6月30日、夏越の祓い。昼食を駅で済ませてから天満宮を覗くと茅の輪が出来ていた。夕方から始まるお祓いの祭りは今回は奥さん一人で参加。上期が過ぎる、こうやって見ると良きこと無き、むしろ体調面は散々だった。

「茅の輪から仰ぎ見あげる空の碧 半ぶん悲しき夏越の祓」

7月6日、朝のニュースTVを付けるとW-cupでノルウエーとブラジルをやっていてノルウエーが勝ち進んだ模様。出張で何度か向こうの事務所に行っている娘殿もトーナメントの8強進出を喜ぶLineが来る。3年前にオスロに行ったとき、こじんまりした何となく鄙びたオスロ空港の到着ロビーを歩いていると水色のプレミアリーグ、マンチェスターシティのウエアを着たハーランドの馬鹿でかいサイネージがドカンと目に入り、「ああそうなんやぁ、この国の選手なんや」と長いフライトの後の寝ぼけ眼が少し開いた気がした。もっとも三苫薫選手も同じように羽田にあったが。カタール大会は予選落ちでハーランドが見れないことを嘆く記事を見た覚えがあるが今回は千両役者の活躍らしい。勝った後のバイキングロウのパフォーマンスはインスタグラムにパターンを変えて溢れ出てくるがなかなか面白いものもある。総人口500万強、首都オスロにしても70万程度の王国、スカンジナビアの冬の暗さはともかく、人口の割に広いヨットハーバーや山のコテージ、教育水準など何となく富裕な印象がして、事実、貨幣クローネの価値に物価や年金も高い。もちろん資源大国ゆえとは思うが。しかし今回のW-cupの映像を見るにつけ、フィールドの広告に日本企業のが現れなくなっている。まあROIを考えての広告戦略かもしれないが一時期を思えば一抹の寂しさは感じる。

「赤染まるカールヨハン通りには老いも若きもバイキングロウ」

「「モノづくり凄いぜ」と言っていたころの綻びし穴いまも埋まらず」

永田和宏氏「メビウスの地平」を読了。出だしから難解だった。文庫本版で見た目の厚みに反して時間を要した。前衛短歌の影響もあるらしいがその前に漢字が難しく読めず四苦八苦。当時、著者は20代の前半だったそうで驚く。三十一文字の起立した詩形というのはまさにこういうものと思われるが、抽象的、観念的な内容が多いことも具体的イメージ、わかりやすさという面のハードルになっている。とにかく一読、ハテナ?と二読そておそらくこんな感じなのか・・と生煮えの状態で次に進む。やがて難解な中に時に鮮やかにハットするような歌が登場する。広く有名になった歌もその中に含まれるが、まさにこの歌集の良さはそんな風に思った。あとがきでも詳しく書かれているが現在の氏の歌集のイメージとは大いにギャップがある。その語句の難しさゆえ自身にとっては滞空時間の長い読みに繋がった。
「わが愛の栖(すみか)といえばかたき胸に耳あてており いま海進期」
「おそらくはきみが内耳の迷路にてとまどいおらんわが愛語はや」
「始発電車はわれひとりにて むなしさのたとえばズボンが破れしことも」
「あざやかに焼き付けられしわが影の小さき円を出られぬわれか」
「背を抱けば四肢かろうじて耐えているなだれおつるを紅葉と呼べり」
「てのひらの傷に沁む塩 はじまらずおわりしものを愛とは呼ぶな」
「雑踏をぬ来し陽気な耳がやや戸惑いぎみに聞いている嘘」

 

ride:金坂峠周回(62.65km)九頭師坂峠周回(67.24km)、水無月の医者通い、北杜夫追悼集を読了

5月10日、自転車ride、鹿穴峠、金坂峠周回に出かける。晴天、早朝の気温11℃は少々寒い。微風の逆風のなか板谷川沿いを北上し鹿穴峠、金坂峠を越えていく。157号に出て右折、更に奥に向かって進み日当集落で樽見鉄道の駅の近くの橋の上で一休み。鉄橋のすぐ近くに実に鄙びた駅がある。撮り鉄ファンにはたまらないかも、と思いつつ羊羹一本。ここからは根尾川右岸道路を谷汲に向かって下り木知原から再び鹿穴峠に戻って帰路、9:20帰着。春になって熊情報もチラホラ。やはり出るみたいなのであまりに山深い道は気が進まない、がしかし仮に熊の着ぐるみを着ていた場合、奴らは識別できるのだろううか?熊が熊を襲うことはあまり聞かない。
62.65km 3:02:47 20.5k/h 獲得457m

(日当駅近く)

5月30日、自転車ride、九頭師坂峠、平井坂峠周回に出かける。日の出が早くなり4時台に目が覚めてしまい仕方なく5:50にはスタート。まずは年中行事の九頭師坂を目指す。鳥羽川をたどり椎倉坂を上って九頭師坂の裾に到着、通行止めと書いてあるが構わず侵入。序盤の急斜面を26T-28Tでしのぎ緩斜面からは26T-24Tで登る。腰痛まだ癒えぬ身とはいえなんとか登頂。トンネルを過ぎて湧水場に止まった軽トラの横をダウンヒルで通り抜ける。256号に当たって左折、ラステン洞戸から佐野坂峠を下って紫陽花の幟はためく三光寺に寄ってみたが、紫陽花はまだちょっぴり、やっぱりダメ早すぎ。そのあと平井坂を上って伊自良街道から帰宅、9:30。自転車の前傾姿勢はまだマシとは言え腰は本調子とはとても言えない感じ

「紫陽花の花びらゆれて手水鉢ふだん着のねこが水を飲む朝」
67.24km 3:19:54 20.1k/h 46.5kmax 獲得623m

(三光寺)

今年は年頭から医療費がかさむ。片や物価も懐具合を痛め、近所のじいさんとの立ち話「やれやれインフレ言うてねぇ最近見込みが狂ってきたがね・・」と意味深に愚痴っておられた。健康診断の再検査でで危険水域ということで大病院で定期的な投薬と治療に通い始めた。腎臓内科、血圧が下がらないようで自覚は全く無いが要注意だとか・・。大病院、内科の待合室で周囲を見回すと自分もいよいよ老人医療の現場、「あっちの側」に近づいていると自覚させられる。深刻さに自覚は無いので必要性に疑問を持ちながらも大病院の先生言われるままに朝晩の血圧のモニタをすべく血圧計を購入、うぅぅ約1万円。おまけに春先から腰痛で整形外科にもお世話になっている。脊柱管狭窄症は歩行やデスクワーク仕事にも支障があるだけに実害が大きく保存療法はなかなか治りが遅く焦り多し。そんな中でも仕事の多忙のピークがまた訪れており、わが痛み、いかにかわせむ・・PC前に座りっぱなしが良くないことはわかっているが10H/日。仕方なく腰の痛みと戦いながら鬱々、設計した回路の1日がかりの検証後にfailしたりすると人生を否定されたような落ち込みに苛まれる。1時間に1回のストレッチくらいでは何ともならず、回復の度合いを測るべく散歩すると、間欠性跛行、15分で片足がしびれ始め足が棒のような感覚になり転んだりしないかと。いやはや、さすがに6月に入って深刻になって来たため毎週乗ってきた自転車rideも中断して安静を保つ。知り合いの同世代の人には大病で手術入院+療養される方もおられる。私はまだマシかも知れないが・・、健康寿命の残りの距離、どう生きるかささやかながら考える。

「道行きのつらき痛みにしかめつつ明るき庭に咲くやまぼうし」

(結局無難にオムロン選)

6月19日、奈良の眼科に定期健診。左脚の神経のしびれや痛みで無事行って帰ってこれるか?不安なものがあったがなんとか予定をこなせた。電車の座席も最新の車両や新幹線は良いが、古い近鉄の座席で痛みが酷かった。最新の電車の座り心地の進化を感じる。瞳孔が開くせいで診察後はサングラスをかける。会計、混んだ待合室のTVではW-cupの韓国戦を映していた。W-cup、昔はよく見た時期がある。最初の記憶は中学時の部活の流れでアルゼンチン大会の決勝。アルゼンチンのケンペスという長髪の選手が紙吹雪の舞うピッチで大活躍していた。その後のスペイン大会、メキシコ大会はフランスの黄金のカルテットを心を込めて応援していた。W-cupに心魂熱中する年代があるとしたら、自分にとってはこの20歳前後の頃が最も熱かったかも。深夜の放送の不便すら懐かしい。ドーハの悲劇、日本の初出場以降は、年とともに関心も薄れて今はニュースで結果だけ追っている。出場国も増えて商業主義の煽るような番組宣伝にも、やれやれ少としらけ鳥が飛んでいく。ニュースではチケットが高いとか言われているそうだが、日韓大会に神戸のスタジアムで見た時の(スエーデン対ナイジェリア)チケットを見ると12000円。近年の米国での物価の上昇や円安進行を考えると10万円前後もおかしくないように思うが。韓国がメキシコに1点取られたところで駅への送迎バスが来た。今日は晴れて暑く30度以上。帰路、西大寺で昼食をとって京都駅で厄除け、水無月を買って帰る。痛い左足をひきずりながらも無事帰れそうなのでセルフ父の日、ご褒美として辻利の抹茶ソフトを味わって帰る。京都駅、少しインバウンドも一時期の混雑が緩和した感じがした。

帰りは在来線でゆっくり帰る。見るともなく携帯のSNSをonすると盛んにG7サミットや天皇皇后のオランダ訪問などが出てくる。確か、欧州は今サハラの熱波だとか聞くが・・・オランダはやはりええなぁ~絵画や建築物も実に好いと思う。片やG7サミットの方はコミュニケーションの難儀を伝えている映像のようだ。まあSNS、事の真偽は不明だがテーマとしては日本人に伝統的あるある課題かも・・。時が経っても人間の行動パターンは容易に変わるわけでもなく、ぼんやり昔のYMOの「増殖(マルチプライズ)」というLPを思い出した。LPは安っぽい段ボール紙でできたジャケットで返ってインパクトがあった。そもそも2曲目の「ナイスエイジ」という曲のために買ったものだがそれ以降はラジオ風のスネークマンショーのコントが曲間に挿入されていて、どうも普段と勝手が違う。最初(高校の頃)は意味がわからずコントを飛ばしていたが、年を経て聞くうちに、英会話に不自由な日本人ビジネスマンorエライ人(Mr.オオヒラ)を笑い飛ばす、自虐的、シニカルで風刺の効いた内容とわかった。まあ、あくまでエンタメ、お笑いコント、小林勝也も伊武雅刀も好きなので、これはこれで結構面白い。こんな洒落で冗談ぽいLPが出せたのも70年~80年当時の余裕か?さてさて、今もこんな感じのCDを出すとどうか、、洒落として受け流されるものだろうか・・。見続けているBS-TBSの関口宏の「最も新しい近現代史」は二次大戦に入っている。表面的なところは別として人間、集団心理は昔と今は意外と変わらないものなんだと、過去の問題、行動や思考パターンは引き続きいまでも示唆に富んでいて、「感情より合理性」「何事も最初が肝心」と思う。

文芸別冊の北杜夫追悼集を読了。これは2012年に購入したものそのうちに読むつもりで積読にしていた。若い頃氏の小説やエッセーににはまって読みまくっていた時期が長くあり物置同然になっている本棚には今でも全集、単行本、文庫がズラリ作家別では一番多く、自身にとっては最も熱を持って読んでいた。この追悼本は亡くなられた時にしみじみ自分にとっての標(しるし)として買ったもの。内容は関係者の追悼文、過去の短編や年譜で未収録の対談以外は目立って新しいものが無いように思われた。石原千秋氏と磯崎憲一郎氏の対談で、北氏の反権威主義的な考え方の中で紫綬褒章も辞退しておられたと書かれてあり、ああなるほどなあと思う。高額の税金に腹を立てて世田谷松原の自宅でマンボウマブゼ共和国を建国して突如独立を宣言、国歌に国旗、貨幣(マブゼ)を作り文化の日を催したり、その独特の行動やユーモアに引き込まれた。氏のファンには何種かのパターンがあるらしいが、自分は詩的な「幽霊」シリーズの小説と「どくとるマンボウ」のエッセーの虜になった。読み進んで絶版になった「寂光」という歌集を求めるために中央公論にハガキを送ると、編集者氏を通して北杜夫氏の印の入った歌集と話題だった「万能ハガキ」とお礼文が送られてきて、赤くなったり青くなったり、驚き嬉しく恐縮した。本の巻頭は、つい先日逝かれた佐藤愛子氏の追悼文がありつくづく一時代が過ぎていったように感じる。

「悪童の仲と言いたり北杜夫 佐藤愛子も逝きて日は落つ」

(万能ハガキ)

 

ride:迫間不動(62.7k)、4/26三川公園(75.2k)、5/3奥伊吹スキー場(93.8k)、多治見陶器祭その他、諏訪哲史氏「昭和の少年」読了

長年使用した陶器が相次いで欠けたり割れたこともあって補充とバージョンアップを兼ねて買い出しに陶磁器のご当地、多治見の陶器祭に出かける。私は初めてで混み具合も不明なので7時半に家を出て下道で尾張パークウエーを使うと9時前には多治見駅北の駐車場に到着できた。さてメイン会場の織部ストリートはどこか?迷いつつ激混みの通りを見つけて無事到着。いかんせん間欠性跛行の私は休み休み自分のコヒー、マグカップ、湯呑を探して歩く。見ればピンキリ、明らかに芸術的なものは別として数千円台の違いがわからず適当に自分用に数千円台のを購入する。奥さんはもう少し良いのを買ったようだ。露店で軽食のあとは虎渓山にある灯屋というカフェで一休み。ここは緑陰のテーブルで森林浴気分が実に良し。折角なので近くの虎渓山永保寺も観て帰る。ああ、それにしても距離の長い歩行は坐骨神経が痛む。

(灯屋の庭)

(虎渓山永保寺)

4月19日ride。腰痛はあるものの平坦路の自転車はまだ楽なので運動不足解消のために犬山から迫間不動を目指す。6:10にスタートしいつものように木曽川を渡って左岸CRを東進、犬山城をくぐって鵜沼へ左折。鵜沼宿からゆっくり登坂を開始。晩春、低山とは言え新しい葉に陽光が射して爽やか。一旦は頂上のトンネルを抜けて関市側へ下ると坂の終わるあたりに芝桜が一面に植えてあったので思わず撮影。これはなかなかいい。しばし休憩のあと坂を登り直しトンネルを越えてそのまま苧ケ瀬池方面に下り木曽川CRの右岸に出て帰ってくる。木曽川CRの右岸はクネクネカーブが多く単調な左岸の方が走りやすい。62.69km 3:08:57 19.9k/h 47kmax 獲得437m

4月25日友、東京より来たる。翌日の清流ハーフマラソンに参加される。マラソンのゲストは豪華らしい。毎回の岐阜の名所を案内しているが今回は大垣。その前に昼食はソウルフード更科の「冷やしたぬき蕎麦」を食す。一路西へ、大垣の奥の細道会館へ。松尾芭蕉の奥の細道結びの地、というのがここの由緒。周囲の風情ある水門川、大垣城をグルリと見て回り船待カフェでゆっくり近況、これがとりわけ楽しい話題あり。17時過ぎに「ご健闘を」と宿にてお別れ。

(大垣城前)

4/26ride。6:15にスタート。今回も平坦路中心で三川公園を目指す。曇りの予報が晴れてマラソンには厳しいかも。今日のウエアは20年以上前に買ったオランダ、ラボバンクチームウエア。今もしっかりして勿体ないので捨てられずにいる。当時は扱うショップも少なく値段もそれなりにした。最近はネットにファッショナブルなものが溢れているがファストファンション同様にすぐに伸びて痛みが早いように思う。昔のは素材がしっかり長持ち、かなり時代遅れ感が漂うウエアを見た年配ローディーに「おーそれ、それ懐かしいッスねー」と話がはずんだこともある。海津の背割り堤からは高速走行で八時前には公園到着、残念まだ開いていない。休憩後に早々帰路へ。TTバイクの特急ロードにぶち抜かれるがこちらも追い風で区間平均34km/hとそれなりに高速で無事帰着。

75.24km 3:04:57 24.4k/h 37.7kmax 獲得332m

翌27日早朝、北海道沖で地震あり。散歩から帰って公共TVのニュースをつけるとずーっと同じ文句と画面を切り替え延々繰り返すのみ、あれあれ地方の天気予報もやらないみたい。受信料を考えるとなんとも紋切型の幼稚な対応ではないか・・毎度こんな時こそ得意のAI放送で十分かと?と思いつつテレ東の経済ニュースに切り替える。

カレンダー通り5/2から連休始まるが奥さんは旅に出た息子の部屋に泊まって掃除がてら自分の友人と娘に会うため東京に行く。私はその間仕事を少々、コソコソと掃除に衣替え、普段から言われている断捨離を断行する。金目のものはメルカリコース、自分の意に反して意外なものが売れゆき良いみたい。小さな小遣い稼ぎではあるがどうにも発送作業がやや面倒に感じるのは年のせいか。

「桔梗科の花言葉などを思いつつまずは断捨離タツローCD」
休日も生活パターンは全く変えず、早朝からの散歩で周辺から天満宮、清水川を回る。最近は周辺歩くがやや人増えたか?日々の街路の定点観測。通りはハナミズキの次にバラが咲いたりして季節が移ろう。近くの知り合いの家は今シニア向けに建て替え進行中で建物は出来たが、この前の話では内装材が入らず工務店からの連絡待ちらしい。所謂ナフサの関係なのかも知れないが十分足りてるという報道もある・・?が「木を見て森を見るべからず」でもなく今は「木を見て森全体を推し量る」力が必要かも。最近のオイル不足で印象が薄まっているが昨年はレアアースも話題になった。ニュースでレアアース(希土類)という言葉を聞くにつけ40年前を懐かしく思い出した。大学の研究室が希土類化合物をテーマにしていて試料棚には専門商社から購入した貴重そうな各種の希土類物質があった。銀ピカの試料の塊を溶解し化合物として結晶を引き揚げ(CZ法)⇒結晶面を出す。超低温の絶対零度付近まで冷やして電気抵抗測定する時は二晩程度の徹夜を要し、修行のような作業が身に応えたか今でも鮮明な記憶がある。当時は万事アナログ、人海戦術。若気の至り、最後の測定でうっかり寝落ちや記録ミスをせぬよう眠気に耐える修行僧のような体験は今もって懐かしい。あの頃もネオジウムは強力磁石材料だったが、総称的な「レアアース不足」というのは具体的に17種のどの元素のことなのか?ランタン、セリウム、ラプラセオ??・・よくわからない。どの元素が日本の南の海底で採取できるかもしれないと言っているのかニュースでは一向にわからず万事アバウトな印象しかない。

「清水川つがいの鴨は行き戻り岐阜駅ちかくの朝の楽しみ」

「雲を追い山を登ればツブラジイ金華の山は金に華やぐ」

(道脇のバラ)

(水道山方面ツブラジイ)

ride、5月3日は垂井の南雲大社にデポして奥伊吹スキー場を目指す。午後は雨予報なので早朝の6:25スタート、小寒い風がある。いつもの中山道を柏原宿まで走り右折し県道40号を目指す。野一色の信号から眼前迫る伊吹山の西側を縫って山中へ入っていく。やがて茅葺屋根に似た集落がポツポツ現れて鄙びた雰囲気になる。姉川ダム付近の登りからで同じ車種の車が列を作ってブンブン追い抜いていく。後で聞くとスキー場の駐車場で「カムリのミーティング」という催しだとか。全国津々浦々のナンバーが横を通り過ぎ登り坂を必死にペダルを回している私としては予想外のせわしい道路事情となる。やがてスキー場が見えてゴール。しばし羊羹の休憩。見ると奥深い山中に車の行列ができているがこのミーティングの良さって何であるか?。40号は山東本巣線というからに山の県境を越えて岐阜県本巣に繋がる計画だったと思われる。帰路の途中に脇道、七曲峠というのがあるのでゲットする。但し崩落で進入が憚られたが自転車を持ち上げてクリアし伊吹山の西に出て集落をぬって野一色まで戻る。11時前、有名な伊吹蕎麦を食べるため立ち寄ったが甘かった。うーむ、開店前にして長蛇の列、いやはや連休は厳しい。昼からの雨予報にこの日の夕方は旧会社の方との会食もあるので遅くとも12時までには帰りたく落胆の心を叱咤して先を急ぐ。関ヶ原付近で早くもポツポツ来たが12時過ぎに南宮大社に帰着。90km超、よく腰が持ちこたえたものだ。しかし魔がさしてstravaは悔恨の蕎麦屋で押し忘れ、幸い七曲り峠は記録に残った。
93.76km 5:13:23 17.9k/h 49.5kmax、獲得1200m

「破風に水の文字を掲げて山ふかき近江の北に古き家並み」

(伊吹山石灰鉱山)

(スキー場頂上は岐阜県境の品又峠)

(カムリミーティング)

(七曲峠頂上、荒れ気味)

(蕎麦の里伊吹)

5/9 諏訪哲史氏「昭和の少年」読了氏の本は「諏訪氏文殊」というエッセー以来久々。何かの媒体で氏の新刊を知り、同じく昭和生まれ、氏より6歳年長の自身にとっても関心が湧いて購入、第1刷だった。最近昭和という言葉をよく耳にする。ノスタルジー的な流行りなのか?とも思うが我々の親の代の初期と戦後の年代によって受け止め方は一様単純ではないはず。内容的には40年代以降について氏独自の視点で生活感をテーマにあれこれと書かれていて古き良き昭和を感じる部分も多々あるが、決して昭和礼賛的なものでもない。中ほどに??十傑と??を変えて何種か出てくるがあまりピンと共感湧かず、やはりご当地名古屋弁の自虐的な部分が相変わらず楽しい。「アボガド式搾取」のツケ、という章で現在に続く「今さえよければ」という資本主義、帝国主義?的な地球の搾取がますます社会の衰退を早めるという悲観を述べられているが全く同感。昭和から続くこの資源消費資本主義の歯車はなかなか止められない。もっとも今や国や社会、個人のレベルのタガが外れ利己主義にモラルが崩れているようでとても楽観とは思えない。

ride:鳥羽川桜堤(43.1km)、はじかみ&佐野坂(62.4km)、千鳥ヶ淵その他、木下龍也氏「あなたのための短歌集」読了

このところ、朝晩の寒暖の差が激しいこともあって腰の容態は芳しくない。朝夕の散歩では間欠性跛行の症状もあり、一度良くなりかけてまた悪化。古傷の脊髄のL3、L4の椎間板が怪しい。そもそも仕事は一日中の座りっぱなし、これが良くないのは明らかで一種の職業病みたいなものか・・。アレコレ形や姿を変えてレッチをしてもダメっぽいのでとうとう整形外科に行ってブロック注射のお世話になる。約10年ぶりくらいでかかった整形外科は大先生、若先生、もう一方の3人体制になっていて激混みだった以前に比べて待ち時間が改善されていた。レントゲン検査もしたが加齢による水分不足で椎間板の変形も進んでいるのだとか。歳を取ると怪我や負傷は治りが遅く致命的になり得ると、転ばぬ先の用心を思い知る。桜の季節、街なかを歩く人が少しは増えたように思う。

「岐阜祭り枝垂れる桜の通りから心そぞろに見る十五夜の月」

先週、岐阜で開花宣言、東京でも開花宣言がでたばかりの3月21日、子らの用事で東京に行くことになる。まあ折角なので1泊し、ちょっと前に電話をもらった従兄弟と会食する予定を入れる。当日、新幹線で東京に11時前に着。奥さんは自分の友人とランチのため丸の内に向かい、別行動の私は一人で一旦荷物をホテルに預けるためタクシーで竹橋向かう。腰痛で長距離の歩行はまだ厳しい。夕方までは自由で、まだ時間があるので息子に聞いた豪徳寺に行く。千代田線から小田急で経堂へ。昼食は駅前スタンドで質素に蕎麦。今日はあいにく息子氏は友人の結婚式に出かけて不在なり。晴天、日差しが強く腰の衝撃を最小限にヨチヨチと道に延びた影を選んでを経堂から豪徳寺まで歩く。東急を渡ると寺の壁が現れたので正門に回るとオオ、インバウンド。無料拝観はありがたく、折角なので有料の線香など炊いて煙を頭と腰に当てては拝む。ここは招き猫が有名。少し奥に進むと長蛇の列ができていてその反対側に、おお招き猫!おびただしい数の素焼きが置いてある。皆さん猫を持っては例のポーズで写真を撮っている。行列は購入するためらしく、列の横から発券機を覗くと値段はピンキリで売り切れたものもある。いやいや商売繁盛。置いてある猫は願いがかなったお礼参りに奉納したものらしい。大量に架けてあった絵馬も日本語以外がほとんどでインバウンド客必須のアイテムなのだろう。ただ、猫と言っても本物の猫ちゃんは一匹もおらず私としては寂しいいものあり。

「商売の猫しかいない境内は溢れる活気と横文字言葉」

豪徳寺を後にして梅が丘の羽根木公園や松原周辺を散策し大手町のホテルに戻る。夕方、奥さんと歩いて神保町界隈の「鴨ときどき馬」にて従兄弟の兄弟と会食する。なんと30年ぶりの懐かしさ。それぞれ来し方行く末など色々な話題を交えて2時間半ほど、あっという間に過ぎる。海外生活やAIにも詳しいので私達にとっていい刺激になる話が多かった。

(大きいのは高い)

(東急世田谷線)

(せたがや百景、銀杏並木)

翌日は東京駅に荷物を預けてゆったりと九段下の千鳥ヶ淵に行ってみる。武道館では近くにある大学の卒業式があるようで袴姿の人通りが多い。私は初めてだが千鳥ヶ淵の堀端をぐるりと歩く。期待半分、開花直後では桜はまだチラホラ、代わりに木蓮は美しく咲いていた。しばし武道館のカフェで行き交う人の様子を眺めつつ過ごし、昼近くになって市ヶ谷にある「中国飯店」にて子らと合流し昼食を共にする。ご両人とも元気で安心。約2時間余の食後、四ツ谷駅でいつものように子らを抱きしめて別れる。まだ時間があるのでメトロで日本橋に向かう。かなり昔から好んで読んでいる経済アナリスト氏のブログのスイーツ談義に登場するので千疋屋に行ってみるべしと。どこも待ちが長く本店パーラーはさすがに厳しそうなので代わりに高島屋の中パーラーを目指したがここも行列、待つこと40分。席に着いて苺のパフェを注文、うーむ安くはないが値段なりで懐の具合はさておき、「さすがに美味しいね」と奥さんと笑いつつ満足する。

「あれこれと思いを馳せし苺パフェ日本橋にて今日を愉しむ」

今回の個人的大目標をクリア。次に機会があればは同じく甘党オッサンアナリストのブログに登場するミッドタウンの虎屋でも・・。この2日ボロボロの腰痛に足の痺れを感じつつも来た甲斐があったと言うべき満足感あり。無事20時過ぎに無事帰着。

(開花チラホラ)

数日後、娘から関係筋からもらった高級苺が送られてきた。なんでも輸出用だったものの訳あり品だそうで私達には勿体ないくらいの美味しさ「どこに訳があるのか?」私にはわからなかったが、送られて来たパック数も多かったのでご近所や奥さんの友人に配る。先日の千疋屋に続き美味しい苺尽くし。こういうこともあるんだなぁとボロボロの体への慰めに似た気分で味わう。

3月28日(土)名古屋の会、旧会社の方々との会食。いつも豊橋と岐阜の中間の名古屋駅にて開催するが今年は2年ぶり。その間色々あったにせよ皆さんお元気そうで何より。いずれも半導体関係で私よりもアグレッシブな話をされていてホトホト感心する。話題はAIやAI半導体などやや専門的。還暦を過ぎると実年齢はあまり関係ないのだろう。2時間で追い出されたが実に楽しかった。

ブロック注射以降、徐々に改善を自覚できているので、じっとしていては体重も増えるので軽めのリハビリrideに出る。4月5(日)午前中は用事、午後13時に恐々と自転車に跨る。既に葉桜とは言え、残り咲きを期待して平坦路メインのコースにする。目的地は桜並木が立派な山県市の鳥羽川堤。加納から忠節橋通りを北上し畜産センター横を通って山県市内に入る。鳥羽川の桜並木はこれまで何度も通っていたはじかみ林道近くだった。自転車も2台いて、大勢の人が写真を撮っている。川沿いの桜並木は延々3~4kmはあったか?ちょっと長すぎる気もするが立派で見応えはあった。帰路は最短コース高富街道旧道を使い少し実験的ストレスを入れるため金華山DWの表のみソロリソロリと登ってみると意外といける。結論として歩行よりも自転車の方が腰には楽な気がしたが、聞くと実際そういうものだとか・・。

45.57km 2:15:19 20.2k/h 37kmax 獲276m

「山を駆けいろどる花はたたあれど春は駆けあしポトリと椿」

(反対側、芝桜少々)

4月12(日)早朝よりリハビリride。強度を上げてはじかみ林道、佐野坂峠を回る。朝は寒いので長袖とタイツで6時早々にスタート。先週同様にアプローチしてはじかみ林道に入る前に一旦入念に腰痛のストレッチ。すっかり桜の散った山道を上がる。軽め28Tで回すとそう痛みも無く登り切れた。澄んだ空気の向こう、ヒルクライムレースのある伊吹山が遠望できた。美山側に下りて佐野坂を登る。通行止めのゲートはのり面の落石程度と大したものではない。出戸に抜けて再び武芸川に下りて椎倉坂から自宅に戻る。やはり自転車よりも歩行が厳しく朝夕の散歩で歩く方は間欠性破行はまだ残っている。
62.39km 3:12:56 19.4k/h 49kmax 獲867m

(はじかみ林道)

先に続いて木下龍也氏の「あなたのための短歌集」を読了。これは歌人の氏が2017年から4年ほどやっておられた短歌の個人販売で依頼者からの「お題」を短歌にして送り届けたものだとか。権利も個人的なもので本にするにあたって依頼者の同意を得たものらしい。個人的な歌と言えど「だれかのため」の歌でもあるという一行の詩としてもっともなことと思う。依頼者は女性の方が多いようにも思い、見開きの左に依頼文、右に歌が書いてあるが、どうも私には双方を見比べて難しく感じるところも少なくなかった。読みの力も必要か?と。加えて依頼者の満足感やピッタリ感はいかほどだったか・・と、むしろそこが気になるような感じがした。
「大きさも深さも違う花瓶にはそれぞれ似合う一輪がある」
「飛び方を教えてくれてありがとう空はこんなに重いんですね」
「「は」と打てば春のとなりにきみの名が芽を出している予測変換」
「もがくほどしずむかなしい海だから力を抜いて浮かんでいてね」
「みちくさの途中で気付く どの道の先にもさようならしかない、と」
「音を止め心の声を聴くために神があなたへくれた休息」
「うつくしい思い出になる10年を不安に歩く私でしたね」
「しあわせをひとりひとりに配り終え手ぶらで去っていく十二月」

 

ride:花立峠(56.8km)、リハビリ墨俣城(33.3km)、カワセミ記その他、木下龍也氏「オールアラウンドユー」読了

今年は久ぶりに立川志の輔と桂文枝の「春待ち二人会」という落語会を見に行く。十数年前は毎年見に行っていたが、多忙に京阪奈に赴任して以降は遠のいた。年始に岐阜市のチラシをみて何となく行きたくなった。2月22日午後、ママチャリで市民会館まで20分程度。会館に近くなるとそれらしい人がゾロゾロ歩いていて和服姿のご婦人が多いのには驚いた。昔もそうだったっけか?面白ければいいので安い二階席で見たが周囲も含め席はほぼ埋まっていて盛況に見えた。前座にご両人が二席づつの演目で大いに楽しめた。たまに落語、寄席というのも良いものだと思った。

2月28日、晴れ、自転車。今年初めて谷汲の花立峠を目指す。防寒ウエアで朝、6:40スタート。しかし向かい風でしかも暴風クラス。20k/hそこそこでペダルを強力に回すが強風でハンドルを取られるのでむしろ危ない。谷間に入ると更に強風、鹿穴峠をやっとこさ越えて左折すると風向きが横からになり負荷が少し軽くなる。谷汲の奥の山はまだ白く冬景色。昆虫館で休憩し花立峠に向かうが思わぬことに道路工事らしい。ゲートを越えて侵入するも道路の大半が無くなった所もあって自転車は抱えてクリアする。看板には工期は3月までとなっていたがとても終わりそうもない。歩く人しかいない山道を下り大野町から追い風の30k/h以上ですっ飛ばして帰ってくる。9:50着。花立峠が使えないとなると谷汲方面のコース選択肢が減ってしまいこれは困った。
56.80km 2:47:23 20.3k/h 37.7kmax 獲得384m

最近スマホ決済をやめる店が出てきて改めて現金を手にする機会が増えて来た。未だ新札には慣れておらず、いざレジと言う時に財布を覗いてマゴマゴ・フニャフニャ・・老眼の進んだ目で良-く絵と数字を確認しないと危ない。キャッシュは不便だと思うが手数料の問題があるそうで仕方がないようだ。システムに乗せて普及した後で使用コストを増やす言うビジネスモデルなんだろう。往々にして将来はAIソフトなどもその危険性はある。

今年は花粉の飛散も早く症状が早くから出て来た。アレルギー薬を処方してもらうため近所の内科に行く。すっかり白髪の先生は「今年は早いんですよ。私もだいぶ前から飲んでます」と、おもむろに血圧を測定しながら「お仕事は何されてますか?」と問われ私答えると「ほー半導体!今は経済や安全保障に大事なやつやねぇ。こらぁまだまだ頑張ってもらわないと。」と思っても見ないことを言われる。今まで半導体の開発が注目や関心を集めたことはなかったのにこの歳に来てまだまだと言われるのは哀しいものあり。事実、体のあちこちに問題が出てきていて健康診断の結果は思いのほか悪く再検査項目が何点もあった。眼科は専門病院にかかっているがそれ以外の内科系の何点かは拠点病院にお世話になる。2月のはじめから内科3つほど受診し検査を合わせて3日ほどがつぶれた。検査の一つにMIRがあったが日頃の仕事の疲れからかうるさいはずのMRI装置のなかで寝落ちして起こされたのは笑えないほどの耄碌かもしれない。加えて去年の落車で打った右上腕の痛みが治らないのと仕事で長時間座ることで腰痛を発症し体がいたる所ガタガタ。高血圧の薬も加わり毎朝の薬が増えて錠剤がテーブルからコロコロと落ちるのを探すのが日課になってきている。もう念のためエンディング**を書いとかにゃあかんかも。それでも健康のため腰痛を押して朝夕の散歩は欠かさず清水川へ。この時期にカワセミを見るのが数少ない楽しみで今年も写真が撮れた。野良猫のシマも撮れたがネコは腰痛とは無縁のように元気そうだ。

(カワセミ)

(ノビノビ体操)

3月15日、腰痛の回復具合を確かめるべく2週ぶりに平坦路を墨俣城と岐阜城を巡るコースでride。7:30にスタート。朝は7℃と寒く速度控えめで西進し堤防から長良川河川敷に入り南進。河川敷には鶯が多くあちこちで鳴いている。ほどなく墨俣の城に到着。史実とは違う近代的なコンクリート仕立て。墨俣から長良川左岸の堤防の集落側に下りて走るとやがて菜の花の群落がある。今日の目的でもあるがすっかり春景色で満足。河川敷に戻って岐阜公園を回って帰ってくる。平坦路では腰痛は問題無し。天満宮の桜は一足早く咲き始めた。ソメイヨシノの開花も近い。

「ふり向けば風に煽られ絵馬の音 鳥居をとおしてくる春一番は」
33.34km 1:36:33 20.7k/h 34.3kmax 獲得179m

(奥残雪の伊吹山)

(長良川堤)

(天満宮桜)

また中東での戦争が始まった・・いや、1年以上前のガザの戦争とは地続きではないか。関口宏の「一番新しい近現代史」を見て思うのはブロック経済、帝国主義的な世の中に似て来たのでは?ということ。特にイランとなると資源が危ないのでは・・?と思う。その昔はトイレットペーパー騒動のも記憶がある。彼の地にはホルムズ海峡の難所もあるので、成り行き次第でまあ普通じゃなかろうと・・。ニュースではドバイ経由航空路線が止まったようで足止めの人も旅行や卒業シーズンもあって多いそうだ。丁度昨年の今頃、息子殿はウイーンからエアチャイナの北京経由で帰って来たがロシア上空を飛べて案外その選択の合理性に感心した記憶がある。今は渡航自粛に減便されて中部国際空港ではその選択は難しい。安かった南回りが止まった。こんな時のためにも可能な選択肢を維持しておくのは大切に思うが。石油関係も値上がり始めている。北向きの仕事部屋はまだ寒くファンヒーターの灯油も買い増し車のガソリンも入れておく。ドラッグストアで消耗品や薬などもいつもより多めにと・・。こんなインフレ時に円安に加え国債金利も上昇しているが前ほどニュースにはなっていない。以前ほど報じられないことが反対に居心地悪い気もする。

「テヘランの映像流れてまた一つ野心の前に言葉は無力」

木下龍也氏の歌集「オールアラウンドユー」を借りてきて読了。氏は「あなたのための短歌」という依頼者からのお題をもとに短歌をつくり個人販売をされていたのが一風変わっていて関心があった。表題の通り二人称、あるいは誰かに向けて語りかけるような内容が多いと思った。口語ではあるが作者の感性なのか理解が難しく考えてしまう歌が多かったが、まあ理系人間の悪いところで意味とか理屈に傾いた凝りや自身との年の差もがあるのかも知れない。NHK短歌の選者をやられていたが先日のゲストに吉川宏志氏をゲストに招かれているのを面白く見た。真摯で誠実な感じがした。あとがきに「部屋に一輪挿しを絶やさないようにしている」とある。自身も一輪挿しの花が好きで特にこの時期、椿はポトリと花を落とす姿が何がしかの余韻を持たせるようでしんみりとした気持ちになる。
「風にだけ読める宛名が花びらに書かれてあってあなたへ届く」
「詩の神に所在をとえばねむそうに答えるAll around you」
「空席がすばやく埋まる東京でだれが消えたか思い出せない」
「細長い花瓶の底にこびりつく花の無念を洗えずにいる」
「いきてみることが答えになるような問を抱えて生きていこうね」
「グローブのかたちの雲にいちはやく気付く万年二軍の補欠」
「終わりだけ記念日となる戦争が馬鹿だからまた始まっちまう」
「爆発のあとのけむりのむこうから無傷のままで登場したい」
「あの世でも死にたかったらどうしよう 太ってほしいひとのいた夏」
「一輪のどうしても手に見える葉の二枚は残し西日に飾る」

ride:犬山詣(52.99km)立田大橋(76.7km)、run:雪の金華山DW(11.39km)、蝋梅記、吉川宏志氏「雪の偶然」読了

1月中旬になって岐阜市から見る西から北にかけて山々は白く自転車rideはどうしても南東方向中心になる。厳冬期がやってきた。1月18日、自転車で犬山へ出かける。この時期の恒例行事になっているが成田山を回って帰ってくる。昨日までの黄砂が去った、、という話だが空は霞んでいる。中山道から各務原、江南に出て木曽川CRを東進する。ローディーにランナー多い。犬山に着き回り込むようにして成田山に登ってひとまずお参りを。いやー賑わってます。見ると歩いている人が異常に多い。どうやらJR東海の爽やかウヲーキングというイベントらしく見るからに初老から若きに至るまで似たような格好、おしゃれな人は有名なアウトドアブランドを着て歩いている。同世代と思えるような人も横切る。ああ、何年かするとワシも・・、いやいや自転車乗りのワイは集団で歩くようなことはなかろうとも思う。帰りは犬山城を抜けて木曽川CR右岸に渡る。S-WORKSの高級自転車を抜いたら数Km後に反対に抜き返され、一連のラリーで疲れる。このルートに鵜沼の迫間観音を加えて計60kmくらいが丁度よいか。
52.99km 2:20:13 22.6k/h 39.3kmax 獲得203m

(犬山城)

例外なく今年も寒い日には雪が積る。岐阜駅までの道脇に雪だるまが作ってあった。ああ、子供さんがいるということで何となく微笑ましい。毎土曜は買い物ついでにパン屋「かし是」で食事パンを購入しているが先週は客が多く売り切れていた。店主さん曰はく、最近女性雑誌関係?か何かのSNSの推しでブレークしたたらしく早々に売り切れるそうだ。ヤレヤレということで今週は焼きあがる前に注文し、一旦買い物に行くことで無事購入できた。その後に長良に回って山田珈琲で試飲しながら豆を購入する。天気が良く、梅林に戻り蝋梅を見を見る。他の梅は蕾でも一足先に薄黄色の花が香りよく咲いていた。やはり蝋梅は良い。

「寒風の雪溶けのこる梅林に素心蝋梅ほのかに匂う」

「ああ、選挙またも騒がし界隈におりし野良ねこ昼寝もできず」

自宅用PCが非力になっているので買い替えを考えていた。今は祝園単身赴任時に買ったmailを見る程度の軽い用途向けで約5万円クラス。メモリにSSD容量に昨今はさすがに苦しくなる。まあ7年も持ったので十分元はとった。湯之上氏の記事にもAIチップ爆裂でDRAMが高騰するとの話もあったので1月早々には機種選定をして購入した。文字通りPC価格は昨年から上昇している様子。ITインフラ系は長持ちさせるためにスペック高めを選んでケチケチしてはいけないと思っている。まあipadで十分という話もあったが、事務処理などにも使い使用頻度で割ると予算的に大きすぎるとも思えない。仕事と同じくLenovo製。元IBMとは言えLenovoも中国製だが不自由や不足は全く感じない。きょうび気がつけばTVを始め電化製品は諸々が中国製に置き換わって同業界に身を置いた者としては寂しい限り。仕事上で垣間見る彼の地の働き方はアグレッシブで技術者の数も若さも追いつくのはなかなか難しいかと毎度思うばかり。

2月1日、朝小雪舞う。路面危険なので自転車諦め氷点下の寒さの中を金華山DWまでrun。山道は氷雪に滑らぬよう用心しながら石段を駆ける。展望台で一息、下界からは衆議院選挙の街宣カーの声が聞こえる。雪で通行止めなのでドライブウエイには車も人もいない。頂上からの帰り道、水道山分岐で何故か若いカップルがいて声を掛けられ一旦停止。聞くと中国の方らしく上下モンベルでビシッと決めた登山姿、今は豊田市で働いているそうで今日は登山に来たとか。英語で岐阜城へ行き方を聞かれたので咄嗟の英語で「ここ水道山、このピークを越えたもう一つ向こうの山の頂上が岐阜城ネ。アナタガタ、ベリーベリーラッキーヨ!雪の岐阜城ワンダフルネ」と説明。一応大感謝されたが果たして岐阜城にたどり着けただろうか・・。帰宅、シャワーを浴びると冷えた体が湯で真っ赤になる。
11.39km 1:38:19 8:38/km 獲得180m

(登り始め)

2月15日、眠りも浅く早く起きてしまう。寝るわけにもいかずゴソゴソ準備して今日は自転車rideで長良川背割り堤の立田大橋に向かう。寒いのでウインドブレークジャージ上下にシューズカバーにカイロ。6:42にスタート。今嶺の堤防から河川敷を見てギョッとする。カメラマンの三脚がずーっと穂積大橋までつながっている。聞くと「コミミズク」なんだそうだ。これは帰りにちょっと見てみるか・・と先を急ぐ。ほぼ無風と思いきや北西の微風があり帰りが少々難儀する。背割り堤はほどほどにローディ多し。立田大橋で三川公園タワーと鈴鹿山脈の銀嶺を写真に収めてトンボ返り。途中でショップelmoの日曜ツーリング隊に遭遇する。穂積大橋まで帰ってくると更にカメラの人が増えているような。私は要領を得ず、隣のでっかい望遠レンズのおばさんににいるのか?と問うとファインダーを覗かせてくれ「見てみィ、おるでしょう・・橋脚んとこ。ホレ今飛んだぁ」「オッ!オヨヨ!ホンマや」と私。「・・・オ、、オヨヨ・ゆうてあんた・・わりと古かぁ人やがねギャハハ」笑。コミミズクはこの辺りに4羽いるらしいが大人気のようだ。調べると鳥にしては人間ぽい顔で可愛いのかも。置いてある車を見ると東海、近畿、北陸ナンバーまで遠方のナンバーを見るにつけ、ああ平和やなぁ~と思う次第。スマホでは限界があるが撮影成功、岐阜野鳥の会幽霊部員の面目を保つ。
74.66km 3:05:46 24.1k/h 37.1kmax 獲得339m

(立田大橋、三川公園)

(枯草の山の上にコミミズク立つ)

(河川敷)

吉川宏志氏の「雪の偶然」読了。この歌集は同氏の「叡電のほとり」と同時に購入したもの。叡電・・が日記形式だったのに対して同歌集は迢空賞受賞作になっているのでやや高尚そうな予感していたがその通りで内容にやや難と思うところあり時間はかかった。まあ一首の滞留時間が長いことは良いことらしいが。2015年以降の作品ではあるものの部分的に平成の各年1首づつ収められたりしている。比較的に平易な言葉で沖縄やデモの社会詠や母親の死、家族や仕事などが詠まれている。特に自身の体験としても共感できたのはコロナ禍の社会や会社での色々な出来事、特に退社される諸々心情に感じるものがあった。個人の人生の道行きは周囲の社会とは切り離せない、影響を受けざるを得ない。国、時代、社会、コミュニティがどうであるかに多かれ依存してしまう。改めて〇×ガチャという言葉は軽はずみに思えない気がする。
「黄の蝶がぎざぎざに宙をとびており家とは秋に年を取るもの」
「人々はあまり知らぬまま決まりしと後の歴史は書くか 書かれむ」
「ただいま、の声は今でも幼けれ梅雨の夜更けに娘は帰り来る」
「貧しくなりされどもかつての貧しさに戻れぬ国よ川に降る雪」

「ふくらみの足りない雪が降りはじめ朝の椿の葉を濡らしゆく」
「老いの人のなべて決めゆく国にいて老いたる側に近づく我か」
「<一身上の都合>にすべて収めたり指冷えながら便箋を折る」

「二十六年過ぎてしまいぬ大根を擂りつつ二人の暮らしに戻る」

ride:走り納め(57.0km)初め(43.0km)、忘年諸々、帰省と有馬行、大村大次郎氏「亡国の脱税」読了

年末は12月27日から休み。ある程度忙しい。まずは27日、岐阜で自転車の会で忘年会。走行レポートをやりとりしている先輩方お二人と岐阜でこじんまりと今年のの無事を祝う。もう年金支給対象者なので色々と社会的な教えをいただくこと多く大いに笑って楽しい。新しいルート探索などの話もあったが今は何より熊の出没、命あってのrideと行動制限が気になるところ。不審者の目撃地点と熊の目撃地点は重なっていないそうだ。
12月29日、忘年会の第二弾は尼崎の会。京阪奈に居た頃からの不定期開催で約2年ぶり。半導体設計、日本で生き残っている方同士なので昔話、近況の情報交換も含めて自身の栄養になる。自分も相当にくたびれて来たがまだまだ現役バリバリで尊敬の念あり。それにしても尼崎のお寿司屋さんは相変わらず新鮮で美味だった。還暦過ぎのこの期に及び屈託なく話して笑える数少ない知人は財産とも思える。この日午前、大阪駅近くの「葉ね文庫」を訪れる。週に数日しか開いていなので閉まっていたが、以前一度本を注文したことがあるのと古びたビルや店が以前「小さな旅」というTVで流れたので興味があった。中崎町界隈は意外と人通りがあった。午後、大阪に来たので甲子園口の親類宅を訪問する。少し前に姫路の母を見舞っていただいていた。阪神間に3名おられる母の姉妹も昨今何かと病をされているらしくくれぐれもお気をつけてと、お礼の気持ちなどお伝えする。あれこれ約2時間ほど楽しく話して辞す。

「四十年近く付き合う人たちと笑える時のかけがえのなさ」

中崎町界隈)

12月28日(日)、走り納め川島屋の草餅買いrideに向かう。娘と息子は31日に帰ってくるので是非懐かしく味わってもらうためにリュックを背負っていく。午前中は年末の買い物だったので12:45にスタート。無風と思っていたが西南西の風が思いの外吹いていて往路は厳しかった。長良川左岸から大藪大橋を渡って平田のおちょぼ稲荷を目指す。連休で稲荷神社は激混みで近づけず川島屋へ。いやいやここも混んでいてレジ待ちの列が長い。見ると大勢のジジババがガンガン買っていく。田舎のちょっとした名店かも。草餅2パック計20個をトレイルランリュックにねじこんで復路スタート。車の少ない輪中堤の上を選択して走るが横風は益々強い。16時前に帰着、買い物を兼ねた走り納めになった。
57.0km 2:25:46 23.4k/h 32.8kmax 獲得312m 

晦日、子らが帰て来て家族が揃う。夕食はニシン蕎麦を自分が作る。普段と違い4人分は少々大変だが美味しく食べてもらえたのは嬉しい。息子氏は東京からパンナコッタを作って持って帰って来てくれた。ええぇーッホンマニこれって趣味の領域なん!?と美味しさに驚きと感激。元旦は伊奈波神社に4人で初詣。去年からだったか入場者制限をやっているので寒い山影の中やたらと待たされて時間がかかった。西濃の白い山を背景に記念写真。TVは見ていないが夜、ウイーンフィルのコンサートだけはLiveを見て息子は色々と解説してくれる。若い人は話題が多くて楽しい話尽きない。

「あらためてパンナコッタを知るにつけ食べる喜びそして驚き」

(パンナコッタ)

(伊奈波社)

3日、天気も良いのでそろそろ走り初めにでも・・と昼から出かける。先の自転車の会で教えてもらった岐阜の七福神巡り、私は知らなかった。長良橋を渡って反時計回りにコースをとる。まずは岐山高校裏手の大覚寺の寿老人と福禄寿。意外と混んでいる。ミニベロの人がリュックから色紙大の厚紙を出して御朱印をもらっていた。この厚紙は買うのだそうだが、1月7日までだとか。次に福光の弁財天は吉祥寺、次に芥見の毘沙門天に岩田の恵比寿と布袋から最後の各務原の大黒天で終了。15時を回り急に寒くなる中を旧中山道で加納まで戻って来る。時間がないので私は触らなかったが七福神をペタペタ撫でているが利益があるのか?どれも像は小さかった。一周労せず回れたが自転車は1台のみ、少なかった。
43.03k 2:06:04 20.4k/h 44.3kmax 獲得203m

1月4日連休最終に有休1日で姫路へ帰省+有馬温泉に行く。家族全員で行くのは実に久しぶり。母や兄夫婦に挨拶し父の位牌に手を合わせる。母も達者、兄や義姉も元気そうで色々と話す。散歩がてら墓にも参り14時に辞する。4人揃って帰省することもめったにないので良い機会になった。姫路駅にて子らとB級グルメ明石焼きを味わい、15時の直通バスで有馬温泉に向かう。有馬は交通の便で姫路からは案外遠い。阪神間奥座敷でもあり多少の敷居の高さを感じていたが一度は泊まってみたいと思っていた。今回は家族がそろった良いチャンスで夏ごろに宿の予約を入れていた。バスは姫路から山陽道に入りウトウトして気がついたら西宮北ICを下りていた。山を切り開いた住宅街を通りやがて坂道から峠を越えていく。窓の外は松や広葉樹の雑木林、なんとなく実家近くの山の植生と同じようで懐かしい感じがする。太閤橋でバスを降り兆楽という宿に向かう。20%近い坂の上に宿はあったが見晴らしは良い。有馬は鉱泉、特に酸化鉄分で茶色いと聞いていたがまさにその通り茶色で「金の湯」と呼ばれていた。タオルに湯をかけると茶に染まり塩辛い味がする。もう一方の炭酸泉は透明で「銀の湯」。2種類というのも珍しく思った。特に金の湯がやはりググっジワジワ効いている感がする。温泉には3度浸かる。ホテルはまだ正月休み期間だそうで夕食も朝食も正月向け料理となっていて、お節料理のようで丁度良かった。翌日11時にチェックアウトし13時までは温泉街を散策。おお、ここは大した温泉街で店が並ぶ狭い坂道に観光客がごった返してしている。私は太閤秀吉が見つけたと思っていたが間違いで飛鳥時代から温泉地だったようで由緒正しく、蒸気が上がる泉源もあちこちにあり、実にええ温泉じゃなぁ~と思う。饅頭とジェラートなど食す。

「Feのまさにその色酸化鉄有馬に湧けるを「金の湯」と呼ぶ」

(源泉)

行基像)

荷物を駅に持って来てもらい13時過ぎに神戸電鉄で有馬を後にする。おや・・車両を払い下げてもらったか?車内は阪急と同じ内装のように感じられた。三宮から元町界隈をブラブラし、南京町で遅い昼食と懐かしい店でコヒータイム。その後三宮阪急で奥さんはピロシキを買って帰る。17時、子らは伊丹から飛行機なのでバス乗り場で二人を抱きしめて別れる。私たちは三宮から在来線を乗り継いで20時に帰着する。実家で兄が「もっと持っていけ」と大量に収穫した蜜柑が重かったが食べてみると結構甘い。今年は蜜柑の当たり年だとか。

「亡き父の植えし蜜柑は今年また多くの実をつけ生き続けおり」

神戸電鉄

(元町evian)

前回に続いて借りた大村大次郎氏「亡国の脱税」を読了。森永卓郎さんの本によるもの。タイトル通り、なるほど嘆息の多い内容だった。読み進むうちに私はナイーブか?とイヤになる所多々・・。世に節税コンサルタントという商売を耳にするが脱法スレスレ、文字になっていない法ギリギリの節税≒脱税?が比較的富裕な層で行われているという話。元国税局の著者は政治、宗教、公益法人、財団、富裕層、開業医投資家、大地主、多国籍企業などなど富裕で指導的立場の層の税逃れを指摘されている。旧態の法や政治とも絡んで既得権益化しているのだと・・。何ともやるせない話ばかりで読むのにも時間を要す。仮に海外展開企業のの現地法人の大きな配当から税を少しまともに徴収すれば給食無償化など容易に可能なレベル、増税も必要ないらしい。以前見た英雄たちの選択「明治の減税、地租改正」のTVで見た、「民から集まる租税は民が安穏に暮らせるよう公共サービスや保険として再び民に戻されるもの」という思想はそもそも最初から無いかのように思う。そんなこんなで、舌も乾かぬうちに真冬の解散総選挙の話が出た。選挙前の公約、必ずや減税や税制改革の公約が出てくるが公約通りすんなり出来たためしはない。AIを過去からの公約違反解析機として活用してほしいところ。まあ腐った饅頭を何度も買わされて懲りないのもどうか・・?と思うが。表向きはAI、技術、進歩と囃し立てても「越後屋とお代官さま」のような古い因習の方がむしろ社会遊泳に直接意味があるようでは今も後も明るいとは思えないが。読み物として少なくとも世の中のある部分で行われている実態の社会勉強にはなったが・・そういえば物価高騰対策施策の「お米券」がまだ来ていない、ワイらの「お米券」一体どうなってしまったか??

 

金華山DWrun:11.93km ride:37.04km、防寒諸事、大村大次郎氏「財務省の秘密警察」読了

11月24日、一週間後の健康診断に備えて減量のため金華山DWのrunに出かける。減量効果は自転車rideよりも走る方,runが断然効果大きいので。6:30スタート、長袖長タイツとウインドウベストを着用で一応寒くない。いつものように御鮨街道の名鉄を渡って柏の杜公園の螺旋階段から登坂を開始。厳しい急登を耐えてくぬぎの落葉の上を汗を流して走りやがて緩斜面に入る。順調に水道山公園からいつもの展望台に到着、順調也。先客の老男女数人が手術の話などで盛り上がる後ろでサングラスの汗を拭きながら休憩。山影が鶯谷に落ちる。再スタートして頂上まで登ると白人の外人グループに出会ったので「good mornning」とお互い声を掛け合って私は来た道を下る。下界に下りてから左折し加納方面に南下して無事帰還。run、久々にしてはタイムが良かった。体重も目標まで0.7kgと減少したのでオレンジサイダーに柚子を贅沢に搾り補給。ほどよい香りに美味しさは老境オヤジの小さな幸せ。
11.93km 1:40:38 8:26/km 獲得171m

金華山DWの紅葉)

鶯谷方面)

とは言え、減量にこだわるほどの肥満でもないが「結婚当初の体重に戻せ。今やれ!直ぐやれ!とっととやれ!!」と奥さんの号令以来、年一回の数字に対するこだわりで健康診断は気重なハードルになっている。今回、このrun後に体が冷えたせいか風邪気味になり体調が落ち込み約一週間を仕事は休まず葛根湯を飲んで凌ぐ。なんとか重症には至らず12月初旬、完全とは言えない状態で予定通りに健康診断を受ける。問題の体重は計画通り去年を更に0.7kg減少して今回の目標クリア。風邪はスッキリ治るまで更に2週間かかり、咳や鼻水をたらしている様子は煙たがられるので減量作戦も何かと副作用多く再考が必要。
12月に入り伊吹おろしの寒さ厳しく歳とともに体にもこたえるので北側にある自室とリビングの出窓を二重窓にするとリフォームを決断する。元々のペアガラスの内側に更に窓ができたので窓ガラスやサッシに結露も出来ず熱交換がほぼ遮断されているらしく冷え込んだ夜に効果を自覚。出窓は多少狭くなったが我慢のできる範囲で今はリフォーム費用に補助金がついてくるので結構助かる。帰巣本能のある哺乳類の一派である人としては住む所と住居は耐久消費財、車などに比べても飛びぬけて重要なアイテムと思っている。冷暖房や省エネの効率のためにも日本の構造物の断熱性能が上がって欲しいなぁと思う次第。寒日早朝に清水川沿い散歩。

「小さき目 吾をとらえて吟味する清水の川面を鴨すべりつつ」

12月13日、風邪から復活具合を確認するため金華山DWへ自転車rideに出る。まずは西進、今嶺の堤防から長良川河川敷に下って金華山に向かう。おお~、珍しく無風で川面に金華山が映っている。岐阜公園下から登坂開始、岩戸までを1.5往復。鼻水で息も続かず本調子にはほど遠いことを自覚。気温8℃で山下りはでは寒い。
37.04km 2:03:02 18k/h 35.1kmax 獲得537m

(逆金華山

この日、買い物ついでに早めの自身の誕生ケーキを加納中学近くのpisaraで購入。この店は奥さんが一度食べてみたいと言っていたが土曜しかやっておらず、午後には売り切れになることもある。ほどよい甘さで良かった。つでに自家製干し柿も一緒に食べる。これは一か月前に間違って渋柿を購入したものを奥さんが洗濯竿に一ヶ月間吊るして干していたもので形はイマイチでも味は美味。淡々とまた一つ歳を取り、そして年末を迎える。

「庭先にはや明滅のクリスマスツリーを見ればもう六十二」

12月19日、奈良西大寺の眼科病院へ定期健診に行く。車窓から見る柏原付近の伊吹山は白い。電車の車両が新型の315系というのに変わっていた。乗り心地は良いとして通勤用ベンチシートに変わっておりこの区間を走る割に風情が無くなったような。2月の手術の術後経過は順調と、見え方には大分違和感が残るがそのうち慣れてくると言われる。病院ロビーで精算を待つ間TVニュースが映っている。中国はGDP+4%で依然として回復遅れ深刻とか?いやいや、減ったとは言え4%もあれば十分高いように思う。自国のGDPは喫水線ギリギリでより深刻に思うが・・。昨今の仕事で依頼してくる大陸の顧客は依然として活発に半導体をTO(Tape-out)している。TSMCの十数nmクラスのchipを名も知らぬ会社が次々と。開発費高騰のせいか同レベルのchip検討は国内メーカーからは非常に稀になっている。半導体にAI分野、技術差は明らかに刻々と拡大していように思うが問題点を真剣に伝えるニュースは少ない。間違った常識に繋がらないか?ふと不安を覚える。

(車窓の伊吹山

年末まで2週間を切る。岐阜では高島屋撤退以来2度目の冬で上質な物を購入するということが益々不便になって一抹の寂しさあり。そんな折に名古屋駅名鉄ビルの解体が不調でメド立たず。名鉄に関しては岐阜駅も空きビル状態で再開発の予定立たずの報道があった。この数年で市中心部にも空き家、空きビル、売り切れぬマンションが目立ち急な地方都市衰退の姿をみるようで寒い。義実家の件で話を聞いた不動産業者氏曰はく、インフレで当初の目算が崩れコスト上昇の大きい高層マンション中心の再開発は難しいのではないか?と言う。前市長時代からずーっと懸案になっている岐阜駅北の再開発も影響大とか・・。時間は只ではない。これまでのような街づくりの方向性も曲がり角に差しかかっているような気がするが・・。残り一週間を切り宅内も正月向けの飾りに変わる。

大村大次郎氏「財務省の秘密警察」読了。一時期読んでいた森永さんの本で著者が紹介されていて今年の春、意味深なタイトルで新聞広告にもあったので図書館に予約していたもの。森永さんの「ザイム**」の流れのままに色々と詳しく内部事情を紹介されているが著者はその財務省の職員だったそうで信憑性は高いか?著者はこれ以外も同様の本を多々出版されているようだ。秘密警察というのはズバリ国税庁の税務調査官のことらしい。消費税導入の経緯や官邸との軋轢、記憶に新しい森友問題などをピックアップされている。世の中、知らないところ?、いやいや、薄々気づいていたかも知れないがモヤモヤ感のあった財団、法人、団体、大企業など税の抜け道など多々あることが書かれていて腑に落ちる。時々見かける税務調査のニュースの表裏の意味がわかるような気がした。読むに従い同時期に見た、英雄たちの選択という番組の「明治の減税、地租改正」の農民たちが今のサラリーマンに重なる・・ある種複雑な不公平感も湧いてくる。税⇒安穏、平等に暮らすためいずれは公共の財産として戻って来るもの、という考えがあったらしいが、民を愚民とか言って違う方向に行ってしまったらしい。最初が肝心、ある意味現代にも通じるようで、よく知り、学ぶ必要があると感じる。

「画面からその場その時真贋のわからぬインフォにただ迷いつつ」

ride:大茂山周回(58.3km)、高尾山行、紅葉狩他、屋敷康蔵氏「住宅営業マンペコペコ日記」読了

アワイチ落車で負った擦過傷は治りつつも右手打撲の痛みだけは長々と残る。もしや、ヒビでも入ってないかしら?・・様子見、早や1か月。まだ力を入れると痛むし、多少の不自由でジムにも行けずにいる。今年は早々に寒くて、夏場からシャワーだったが11月に入って風呂を入れ始め、暖房も使用開始。暖冬と聞く割にどうしたことか?

「柿の木に日照雨が降れば風寒し小さい秋に揺れる青柿」

11月7日(金)、会社が創業20年ということで東京に集合し食事会が催された。10年前に入社した私としても11年目に入っている。昼に出発し名古屋ホームではドキュメントで有名になったきしめんを食し満足。昼過ぎにして人気だった。場所の豊洲は行き方がよくわからず少々焦ったが新橋からバスに乗ってなんとかたどり着けた。普段は全くのリモートワークなのでお会いできない方と直に会って話が出来て大変有意義な機会になった。自身の年齢からして次は無いかな・・と思いつつご挨拶する。その日は大手町近くのホテルに宿泊。ここは以前に来ているところなので夜道と言えども迷わずに到着できた。翌朝、ビジネスリュック1個を背負って人の少ない大手町をブラブラ東京駅まで歩き、大学の友人に会うために八王子方面、高尾山に向かう。あいにく娘も息子も以前から予定で詰まっていた。以前の中央線快速から車体が変わったようで特快高尾行は猛スピードで快適に走っていくが新宿からは結構遠いと感じる。電車の中で友人と合流。京王の高尾駅では既に混雑。都会の人と違って私には空気不足で窒息しそうな人の多さに見え、少々不安。山歩きの恰好でもなくケーブルカーの軟弱コースをとったが上の駅からも相当長く歩いた。紅葉が一部始まって楓は色づいて美しい。道中には茶店もあるがどこも混雑。山全体に何人いるのか?インバンド客も多くて一大観光地らしくやっと着いた頂上599mは道幅全体に人がいて満員御礼状態だった。残念、霞んで富士山見えず。帰りは稲荷山コース、メインルートではないらしいがそれでも木の階段を蟻の行列で下りゆく。13時を回り空腹に耐えながら無事下山、予想外のハードな登山だった。その後、八王子駅近くの中華にて食事と近況よもやま話をして16時にお別れ。新横浜まで行って新幹線に乗り換えウトウト、気がつくと三河安城で心身疲れていた。20時に帰着。都内の随一の山登りは凄まじいものがあった。

名古屋駅ホームきしめん屋)

(大手町にあった将門塚)

(都内埼玉遠望)

(激混み山頂)

11月15日(土)、ride、先日の谷汲、花立峠に次いで今週は鹿穴峠、大茂山周回に出かける。右の手のひらがまだ痛むものの様子見とリハビリ兼ねて走行する。忠節橋から板屋川沿いを北上。秋も終盤らしく山の落葉樹が黄色くなっている。鹿穴峠を快調に超えて金坂峠の頂上付近、大茂山入口で一休み、効果に疑問はあるが念のため熊鈴を装着。出現する確率は極低いはずだが・・。目の前の楓の木が赤く紅葉し、息は白く冬は近いと思える。左折して大茂山に進入。最初の坂、20%近い苦しい区間を26Tで耐えてやがて下界が見えてくると24Tに入れて順調に登る。頂上に行く枝道で降りて、チェーンを跨ぐ。クヌギの枯れ葉が一層積る激坂は最初のトルクをしっかりかけるよう場所を選んで28Tでスタート。なんとか頂上まで到着。晴れてはいるが霞がかって恵那山は灰色。枯れ葉に気を付けながら神海側に下って根尾川沿い。本巣の集落に入ってこの時期街道沿いにある柿の無人販売で200円を払いジャージのポケットに1袋ねじ込む。大方100円か200円で近県、愛知ナンバーの車も多く狭い道に横付けしガメッと買って行くのであちこち渋滞している。まぁこの時期の風物詩のようなものか。このところ無人販売は増えているように思うが。10:20に帰着。
58.3km 3:18:15 17.6k/h 獲得794m

(大茂山山頂)

紅葉が進んでるらしいので11月16日に横蔵寺に奥さんと車で出かける。自転車ショップelmoのサイトでも紹介されていた今が真っ盛りらしい。この辺りでは一番の名所と聞くが遠い過去に一度行ったが記憶はない。10時出発、道の混雑を避けるため揖斐川町からトンネルを抜けて行くと駐車場はかなり混雑している。山奥のせいか空気はヒンヤリ冷たい。小川に沿って歩くとモミジが真っ赤に色づいている。これは良い、かなり美しく橋を渡るところ、緑、黄色、赤の三色が混ざってで大勢が写真を撮っている。山門をくぐると古びた塔が建ってなかなかにしてフォトジェニック。一応お参りして順路に沿って舎利堂に向かう。この寺の名物のミイラが安置されているが500円と有料なので外から覗くのみ。人の列についててぐるりと一周する。まぁここが京都奈良なら凄まじい混雑になると思うが外国人もポツポツ、ほどよき混み具合にゆったり観れた。帰路は谷汲方面へ抜けて久しぶりに外食でもと探したがどこも厳しい。次に来振寺の横にも回ったが人数待ちが長い。「あれぇ、どこも厳しいね。景気いいのかなぁ?」と奥さんも諦めたので家に戻って私が作るラーメン、いつもの昼食、これでも十分。

(横蔵寺参道)

11月25日、奥さんが応募していた銀行主催のクラシックコンサートに名古屋は栄に出向く。名駅はまだしも栄に行くことはめったに無い。奥さんはピアノなどちょくちょく聴きに出かけているが私は久しぶり。2年前の観光ついでのウイーンの学友協会以来になる。名フィルは良く知らないが会場には千数百人くらいは来ているようだ。カジュアルな服装がOKで気楽に聴けて良かった。クリスマスコンサートでもなくモーツアルトメンデルスゾーンベートーヴェンと割とベタな曲目だったと思うが、仕事後の疲れもあって交響曲5番「運命」でついウトウトしてしまった。特にバイオリンを聞かせる題目になっていたと思う。終演後に名駅ビルにある台湾の中華、鼎泰豊にて遅めの夕食をとる、21時。ここも席が埋まっていた。世の中、インフレで厳しいとニュースで聞いていても実際はそうでもないらしい?老いも若きもテーブルは笑い声も活況そうに見える。自分としては昨今のインフレにお金の価値下落は要注意だと思っていたところだが・・世の人の反応は違うのかも?生活物資あまねくコスト上昇して、来年にかけても値上げらしく、まあ素直に円安が元凶なのでは?と思う。コーヒー豆などは300g400円で買えたものが今は240gで700円近い。チョコレートもしかり、70g100円だったものが50gで140円近い。量も値段も変化するののでややこしいがコスト上昇は間違いないく物価上昇率の計算にはステルス値上げ分はしっかりカウントされているのだろうか?エンゲル係数は上昇、ひと昔言われていたトリクルダウン説はどこに行ったのか?

「木枯らしの冷たき世間を遮断してドアを閉めれば孤独の水底」

「「これだから」愛想つかし、叱られてシュトーレンを覚えられずに」

(何十年ぶりに栄)

屋敷康蔵氏「住宅営業マンペコペコ日記」読了。一連の日記シーリーズは図書館でも待ちが多いが、これは2022年6月初版なので少し古いせいか待ちが少なかった。職業が会社員、サラリーマンと言っても各々扱う対象によって抱える課題、現実の違いは大きい。職業人のリアルな日々がエンタメっぽく描かれて軽く読める。住宅の営業マン氏には転居を含めて人生の中で一度ならずお世話になることがあるのではないか。不動産販売は額が大きいだけに人生を左右する判断にもなるので営業マンの大変さは想像に難くないがノルマとか軍隊式とか該当の会社は私にはかなりのブラックに思われた。在籍約10年間の事象諸々が取り上げられ、過労死、ソフトボール大会にその後の飲み会とか急成長と言いながら昭和的な社風はプンプンする。新興成長企業の社風が新しいか?と言うとそうでもない。最終章にご当人は離職してローンの問題で自宅を売却する下りがあり、悲哀を感じつつローンの荷が下りてからの生活にむしろ幸福感があるというところに救われる。一方で昨今、懐古的なスポコン、パワハラ、人権軽視的ニュースが多くて気になる。通報機能強化で表沙汰になり易くなったのかも知れないが、我々還暦世代に馴染みの昭和の色褪せた風習が根強く維持され続けいるようでなんともなあ・・と思う。頼みは若手による変化へのエネルギーだが好みの経済アナリスト氏曰はく「若手が国際的になっていると認識してきたことだが、実は国内的に回帰する傾向が顕著=保守的」という認識を書かれていて年齢問わず、どうも最近は速度の対外差の開きには心配に思う。

ride:苦行アワイチ(155.98km)、湯河原温泉行、内田樹氏「沈む祖国を救うには」読了

先日姫路に帰省した際に姉から聞いた話から、故あってBS-TBSの「関口宏の一番新しい近現代史」という番組を見始めた。土曜の昼に毎週録画して奥さんと見ているがなかなか真面目にして面白い。高校で世界史を専攻したがこの辺りはゴチャゴチャする割にあまり詳しく授業ではやっていなかった気もする。毎回1,2年間の日本中心に世界史のポイントを掘り下げて解説するスタイルで司会の関口さんに加え解説役の二人の大学先生のボソボソとしたコメントが洞察鋭く何故そう言う行動に出たのか?背景に理屈ではない人間性を含めた解説が回を重ねるごとに面白くなってきた。時代によらず人間の利口さが大きく変わるわけでもない。当時の動きや情勢、判断は現在に通じるものがある。昔も今も人間そのものに違いはなく現代の社会情勢に向けたヒントが多いのではないか?地味でいい番組に思えて今は昭和初期、最初は明治維新から始まったシリーズらしいが早く見ておくべきだったと後悔する。

10月11日(土)、昨日から奥さんは子らと友人に会うために東京に行っている。三連休初日、死ぬまでにやっておきたいリストride編として「兵庫出身として淡路島一周はやっておかねばならんだろう」と、有名な通称「アワイチ」に出かける。朝3時に車に自転車を積んで日帰り予定の強行軍。山陽道垂水から明石海峡を渡ってデポ地の岩屋SAに到着。webに書いてあったオアシスパークの駐車場がよくわからず見回すとロードバイクを組み立てている車を発見し近寄って駐車。アワイチの要領を聞くとルートを教えてもらった。若い3人組だったが親切で写真を撮ってもらった。お礼を言ってお先にスタートする。時7:15、ちょっとした丘の上から下り道路の青い羽根を頼りにコースに入る。あいにくの曇り空で天気は良くない。淡路島の東海岸を南淡に向かって下っていく。道脇にパームツリーの木々が植えて南国的ムード。前方10人以上の集団走行に追いつきしばらくは連結して走らせてもらう。津名から洲本あたりで集団の前に出てお別れ。洲本の山の上、小さな城を発見。「エラク小さいが確かに城があったか?」兵庫県、郷土の地理で洲本城はあったような・・。洲本には旧会社の電池事業部があり一度出張で来た覚えがあるがそれ以外は無い。洲本から由良にかけて雲が低くなり小雨に会う。由良を越えると南淡の峠道、アワイチの難所区間、標高は大したものではないはずだが立川水仙の峠が始まる。距離は2km未満でも平均8%程度の斜度はなかなか大変だった。そこそこ余裕を持って登坂していると一人に抜かれる。頂上を越えて下った後にまた登りと予想外に長い。抜かれた後ろ姿を見ながら2番目のピークから下りに入り急坂のヘアピンカーブがでなんと!濡れた路面に後輪がスリップし右側に転倒する。「なんでか?!」と思いつつ状況を確認。ディレーラは無事そうでチェーンも落ちていないが右のブランケットが損傷している。幸運にもシフトでギアチェンジは出来たのでなんとか走行は可能そうに思う。それより体が痛い。右指から出血、肘と大腿も擦り傷に打撲あちこち。この先どうするか?帰れるか・・?状況は結構なピンチに思える。一台のローディー、大丈夫か?と声をもらったが「ええありがとうございます」とやせ我慢をしつつ思案。ヨロヨロ立ち上がり自転車を確認し、体の痛みを堪えてひとまず慎重に坂道を海に向かって下っていく。本来ならば美しい光景が始まる海沿い、岩屋までは残り100km、この際行ける所まで行く。残りは帰り着くことだけを目標に変える決心をする。南洋の台風のせいか海岸の波消しブロックに荒波が当たって道まで届く中を25k/hで走り続ける。次に灘という峠もクリアして玉ねぎ畑を見ながら11時前に賑わいのある福良の道の駅に到着し一休み。ここまで落車以外では休憩無かったので疲労あり。ベンチに座ってソフトと羊羹を2個食べながらウエアの出血を見た人に聞かれるので「コケちゃいました」と内心とは裏腹に自虐的に笑う。「あそこは転倒する人いるね」と、後で調べると危ない所みたいだ。桟橋には渦潮遊覧船が泊り湾の向こう岸には造船所のドックが見える。座っていると改めて打撲の痛みがアチコチ出てくる。残りは半分無事帰れるか?予断は許されない気もして早々に出発。一路鳴門大橋に向かうがまたも延々と登坂、いやいやアワイチは厳しい。登ったあとに少し下って建物が見えたので入っていくと玉ねぎオブジェがあったがバーガー屋は休業している様子。昼食もできず鳴門大橋の写真のみ撮る。福良で大勢いたローディはわずか一人しかいない。真のアワイチをやっている人は案外少ないのか?福良で話した人もショートカットと言ってた。空腹なので早々にスタート。アワイチは一般車道を走るので、手負いの身で次に何かあったらギブアップと用心する。ここからはサンセットライン、播磨灘を左に見ながら北上しほぼ海岸線沿いで時々山側に登る。コンビニを見つけておにぎり1個とコーラ。集落は秋祭りの最中で神輿を見る。対岸に遠くに高砂の高炉が見えてきた。昔、父は播磨灘に釣りに出てベラやアジを大量に釣って帰って来た記憶がある。春のイカナゴはあまり獲れなくなったらしいが。郷里兵庫を自転車で走っている感慨がしみじみ出てくる。北淡に入って有名店らしい美しい料理やスイーツの店が次々現れついに明石大橋が見えてきた。一人のローディーの後ろに付いて14:25に(ここまで走行時間は約6:25分)明石大橋に着。記念写真を撮り、横にいた人にはアワイチオブジェの所まで案内してもらい少しお話をしながら写真を撮る。三田から来た40代くらいの品の良さそうな人で、5回目だそうだが毎度アワイチの登りは厳しいと話された。最後にオアシスパークの丘に向かって朝とは違い暑い日差しの中を必死に帰り着く。ホット安らぎながら観光客の中でしばし呆けたようにコーラを2缶。出発前に会った若者はまだ戻っていない。なんとか無事に19時岐阜帰着。ウエアにアームカバー、レーパンを脱ぐと大腿、肘、胸に思いの外打撲や傷が酷く我ながら哀れな状態。キズパワーパッドを何枚も貼る。夕食用にSAで買った鯖寿司とアナゴ寿司がしみじみ美味しい。一瞬で最悪に落ちたとは言え救急車を呼ばずに100km帰って来れたのは救いだったか?。それにしても今年は不運の底がどん底に深い。まあどれも致命傷になってないのだが・・。
155.98km 7:03:44 22k/h 49.3kmax 獲得1227m

紀淡海峡

(洲本城)

(沼島遠望)

鳴門海峡

(慶野松原)

(コンビニ前に北前船高田屋嘉兵衛生誕の地)

明石海峡

(こちらは取り換えへ)

「落車して細きタイヤの頼りなさを知る雨の立川峠の下り」

「この痛みいかにかはせむ落車よりつづく苦痛が寝ても起きても」

流血のアワイチ以来、四六時中体は痛い。擦過傷+打撲+捻挫で熱っぽい日が続いたが医者には行かず大人しく療養する。傷が治り切らない10月25日(土)、湯河原温泉に出かける。息子殿の帰国以来家族四人が揃うことが無かったので卒業、就職、誕生日祝いなど兼ねて2か月前から計画していたもの。東京と岐阜の間の温泉地として湯河原を選んだ。当日はあいにくの本格的雨。真鶴駅小田急JRを乗り継いで来る子らと合流、元気な姿を見て何より。駅からタクシーで「うに清」という海岸沿いの料理屋に向かい昼食。晴れたら相模湾が美しい所らしいが小雨で霞んでいて真鶴岬めぐりも諦めるしかない。ここは評判の店らしく満席近い。新鮮な活け造りに加えてサザエやアワビ、ウニを追加しいずれも美味也。食後、湯河原駅に移動し小雨の中を万葉公園などを見て奥湯河原温泉までバスで登る。湯治客でバスは満員だった。万葉言葉で海石榴と書いてツバキと読む宿に入る。山間にある料亭旅館らしく奥はかなり広い。源泉58℃の塩化物硫酸塩温泉に早速浸かる。効能は打撲、キリ傷などと書いてあるのでまさに今の自分にピッタリ。露天風呂に浸りながら「あー温泉はええもんやなぁ~」と淡路で負ったまだ癒えぬ傷口に来るチリチリとした感じに湯の効能を実感する。

「湯のなかに目蓋をとぢて傷癒す煙たゆたふ雨の湯河原」

風呂上りにはハーゲンダッツアイスやジュースなどいただく。祝いの品も付いた夕食にはこの時期らしく松茸などが出され、量より質的で私らには丁度良かった。聞くと湯河原まではまだインバウンドがそう多くは無いらしい。フロントにはストーブが炊かれていて前日は冷え込んだとか。翌日、雨は止んだが相変わらず山に霧がかかっているのではゆっくり11時にチェックアウト。またまた激混みバスで湯河原駅まで行ってレンタカーを借りて元箱根まで登ると晴れ間が見える。ここにはインバウンド客が多い。関所付近の有料は避けて元箱根の湖畔の無料駐車場に停める。雲間に富士山の裾野が見える。箱根神社まで散策し写真など撮る。どうやらインバウンド客には湖面の鳥居が特に人気らしく撮影用に長蛇の列ができていた。うーむ、岐阜も長良川に鳥居でも立てると案外バズルかも。14時過ぎ湖畔で軽めの昼食の後、湯河原駅に下り17時。ホームで子らを抱きしめてまたしばしのお別れ。熱海からのこだま号は満席、行きもそうだったが新幹線の混雑、最近はそうなんだと実感する。両日、悪い天気予報の割には良い家族旅行になった。

(万葉の滝)

(海石榴)

(土瓶蒸し)

芦ノ湖

箱根神社鳥居)

内田樹氏「沈む祖国を救うには」読了。これも奥さんが借りていたものを連られ読みしたもの。今年の3月初版で新聞の広告が出ていたのだとか・・。情報としては今と変わらないだろう。統計上の経済的、人口的にも国力の分が悪くなってると危機感を報じられるようになったのは5年前くらいからか?どうして国が衰えて来たのかの説明を多種の事例を取り上げて状況分析をされているが残念ながら解決策、提言までは至らなかったと書かれている。何度も出てくるのは米国的な新自由主義の流れの中で「今だけ金だけ自分だけ」風潮が進み、民主主義を支えるコモンという公共財が崩れて社会的も貧しくなっていくという下りは斎藤幸平氏の考えにも通じるように思えた。知らない間に包摂的な社会が衰え弱肉強食の社会に移行しているのだと。昨今の社会保障費や急激なインフレにステルス増税も貧富の差の拡大の要因でその行く先には暗いものがある。氏はこれからの若者にチェンジを期待するようにも書かれているが振り返ってこの状況を子らの世代に引き継ぐ我々老荘世代の責任はどうなんだろうか・・。あとがきに「米国はじめどの国も崖っぷち?今は幸せ度が下がっている」と書かれているが2年前に見たノルウエーは平均所得も日本の倍で、街が清潔で安全、EVの普及も進み空気が騒音も少なかった。住んでみないとわからないがどこも同じようだというのは大雑把な感じもするが・・?。