今年は久ぶりに立川志の輔と桂文枝の「春待ち二人会」という落語会を見に行く。十数年前は毎年見に行っていたが、多忙に京阪奈に赴任して以降は遠のいた。年始に岐阜市のチラシをみて何となく行きたくなった。2月22日午後、ママチャリで市民会館まで20分程度。会館に近くなるとそれらしい人がゾロゾロ歩いていて和服姿のご婦人が多いのには驚いた。昔もそうだったっけか?面白ければいいので安い二階席で見たが周囲も含め席はほぼ埋まっていて盛況に見えた。前座にご両人が二席づつの演目で大いに楽しめた。たまに落語、寄席というのも良いものだと思った。
2月28日、晴れ、自転車。今年初めて谷汲の花立峠を目指す。防寒ウエアで朝、6:40スタート。しかし向かい風でしかも暴風クラス。20k/hそこそこでペダルを強力に回すが強風でハンドルを取られるのでむしろ危ない。谷間に入ると更に強風、鹿穴峠をやっとこさ越えて左折すると風向きが横からになり負荷が少し軽くなる。谷汲の奥の山はまだ白く冬景色。昆虫館で休憩し花立峠に向かうが思わぬことに道路工事らしい。ゲートを越えて侵入するも道路の大半が無くなった所もあって自転車は抱えてクリアする。看板には工期は3月までとなっていたがとても終わりそうもない。歩く人しかいない山道を下り大野町から追い風の30k/h以上ですっ飛ばして帰ってくる。9:50着。花立峠が使えないとなると谷汲方面のコース選択肢が減ってしまいこれは困った。
56.80km 2:47:23 20.3k/h 37.7kmax 獲得384m


最近スマホ決済をやめる店が出てきて改めて現金を手にする機会が増えて来た。未だ新札には慣れておらず、いざレジと言う時に財布を覗いてマゴマゴ・フニャフニャ・・老眼の進んだ目で良-く絵と数字を確認しないと危ない。キャッシュは不便だと思うが手数料の問題があるそうで仕方がないようだ。システムに乗せて普及した後で使用コストを増やす言うビジネスモデルなんだろう。往々にして将来はAIソフトなどもその危険性はある。
今年は花粉の飛散も早く症状が早くから出て来た。アレルギー薬を処方してもらうため近所の内科に行く。すっかり白髪の先生は「今年は早いんですよ。私もだいぶ前から飲んでます」と、おもむろに血圧を測定しながら「お仕事は何されてますか?」と問われ私答えると「ほー半導体!今は経済や安全保障に大事なやつやねぇ。こらぁまだまだ頑張ってもらわないと。」と思っても見ないことを言われる。今まで半導体の開発が注目や関心を集めたことはなかったのにこの歳に来てまだまだと言われるのは哀しいものあり。事実、体のあちこちに問題が出てきていて健康診断の結果は思いのほか悪く再検査項目が何点もあった。眼科は専門病院にかかっているがそれ以外の内科系の何点かは拠点病院にお世話になる。2月のはじめから内科3つほど受診し検査を合わせて3日ほどがつぶれた。検査の一つにMIRがあったが日頃の仕事の疲れからかうるさいはずのMRI装置のなかで寝落ちして起こされたのは笑えないほどの耄碌かもしれない。加えて去年の落車で打った右上腕の痛みが治らないのと仕事で長時間座ることで腰痛を発症し体がいたる所ガタガタ。高血圧の薬も加わり毎朝の薬が増えて錠剤がテーブルからコロコロと落ちるのを探すのが日課になってきている。もう念のためエンディング**を書いとかにゃあかんかも。健康のため腰痛を押して朝夕の散歩は欠かさず清水川へ。この時期にカワセミを見るのが数少ない楽しみで今年も写真が撮れた。野良のシマも撮れたが腰痛とは無縁のように元気そうだ。

(カワセミ)



(ノビノビ体操)
3月15日、腰痛の回復具合を確かめるべく2週ぶりに平坦路を墨俣城と岐阜城を巡るコースでride。7:30にスタート。朝は7℃と寒く速度控えめで西進し堤防から長良川河川敷に入り南進。河川敷には鶯が多くあちこちで鳴いている。ほどなく墨俣の城に到着。史実とは違う近代的なコンクリート仕立て。墨俣から長良川左岸の堤防の集落側に下りて走るとやがて菜の花の群落がある。今日の目的でもあるがすっかり春景色で満足。河川敷に戻って岐阜公園を回って帰ってくる。平坦路では腰痛は問題無し。天満宮の桜は一足早く咲き始めた。ソメイヨシノの開花も近い。
「ふり向けば風に煽られ絵馬の音 鳥居をとおしてくる春一番は」
33.34km 1:36:33 20.7k/h 34.3kmax 獲得179m



(奥残雪の伊吹山)

(長良川堤)

(天満宮桜)
また中東での戦争が始まった・・いや、1年以上前のガザの戦争とは地続きではないか。関口宏の「一番新しい近現代史」を見て思うのはブロック経済、帝国主義的な世の中に似て来たのでは?ということ。特にイランとなると資源が危ないのでは・・?と思う。その昔はトイレットペーパー騒動のも記憶がある。彼の地にはホルムズ海峡の難所もあるので、成り行き次第でまあ普通じゃなかろうと。ニュースではドバイ経由航空路線が止まったようで足止めの人も旅行や卒業シーズンもあって多いそうだ。丁度昨年の今頃、息子殿はウイーンからエアチャイナエアの北京経由で帰って来たがロシア上空を飛べて案外その選択の合理性に感心した記憶がある。今は渡航自粛に減便されて中部国際空港ではその選択は難しい。安かった南回りが止まった。こんな時のためにも可能な選択肢を維持しておくのは大切に思うが。石油関係も値上がり始めている。北向きの仕事部屋はまだ寒くファンヒーターの灯油も買い増し車のガソリンも入れておく。こんな時に円安に加え国債金利も上昇しているが前ほどニュースにはなっていない。以前ほど報じられないことが反対に居心地悪い気もする。
「テヘランの映像流れてまた一つ野心の前に言葉は無力」
木下龍也氏の歌集「オールアラウンドユー」を借りてきて読了。氏は「あなたのための短歌」という依頼者からのお題をもとに短歌をつくり個人販売をされていたのが一風変わっていて関心があった。表題の通り二人称、あるいは誰かに向けて語りかけるような内容が多いと思った。口語ではあるが作者の感性なのか理解が難しく考えてしまう歌が多かったが、まあ理系人間の悪いところで意味とか理屈に傾いた凝りや自身との年の差もがあるのかも知れない。NHK短歌の選者をやられていたが先日のゲストに吉川宏志氏をゲストに招かれているのを面白く見た。真摯で誠実な感じがした。あとがきに「部屋に一輪挿しを絶やさないようにしている」とある。自身も一輪挿しの花が好きで特にこの時期、椿はポトリと花を落とす姿が何がしかの余韻を持たせるようでしんみりとした気持ちになる。
「風にだけ読める宛名が花びらに書かれてあってあなたへ届く」
「詩の神に所在をとえばねむそうに答えるAll around you」
「空席がすばやく埋まる東京でだれが消えたか思い出せない」
「細長い花瓶の底にこびりつく花の無念を洗えずにいる」
「いきてみることが答えになるような問を抱えて生きていこうね」
「グローブのかたちの雲にいちはやく気付く万年二軍の補欠」
「終わりだけ記念日となる戦争が馬鹿だからまた始まっちまう」
「爆発のあとのけむりのむこうから無傷のままで登場したい」
「あの世でも死にたかったらどうしよう 太ってほしいひとのいた夏」
「一輪のどうしても手に見える葉の二枚は残し西日に飾る」






















































































































6月28日ride、








