松尾峠(52.06k)ライド、マティス展その他、司馬遼太郎氏「神戸散歩、横浜散歩、芸備の道」読了

2週間前の6月10日に近場の本巣の奥、伊自良に松尾峠というところを見つけたので行ってみる。伊自良湖スカイラインというのがこれだと思っていたところ、もう一つ奥にある別の林道と事後に教えてもらった。朝、5:30スタート。雨予報は曇りに変わっており蒸し暑い空気の中を長良川を渡って北上し高富を抜けて行く。山県で左折し、まずは豈坂を登坂し通過後下って県道185号を見つけるものの通行止めの看板がある。ここは行くだけ行って判断することにして構わず登坂開始。さすがに通行止めだけあって道路の真ん中から草が生えたりしていい気分はしない。路面の落枝に注意しながら長々と続く坂道を登って頂上(286m)と思われるところでゴール。見通しの良い風景も無い山林の中の峠で期待外れに終わる。下りは落石に注意しつつ鹿穴峠を通って8時台で帰着、今回はすんなりこれと言って印象の少ない峠だった。次は伊自良スカイラインに期待するが何せ湿度も高くて暑さが酷くなってきた。
52.07k 2:50:01 18.4k/h 獲得463m
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(松尾峠)

6月17日(土)所用にて東京へ1泊2日で行く。用事は日曜日の午前から午後にかけてなので空き時間は観光を兼ねて出かける。奥さんが行きたかった等々力渓谷に行く。世田谷の市街の中にこんな自然が残っているのに素直に驚く。暑かった駅からの道と比べ少しひんやり涼しく感じる。それなりに人が行き交い、歩く時間とともに都会の中の渓谷としての驚きはある・・が、しかし純粋に渓谷として見たときに岐阜の板取川の湧水や美しさを思うと少々持ち上げられすぎのような気もする。周辺人口の多さからやむを得ないところか。その後、奥さんの提案で上野の美術館でマティス展を見てから私提案の日本橋中山道東海道の起点を見学し丸の内のビルから東京駅など見て宿に向かう。宿は外国の方がとても、とても多く翌朝チェックアウトの列が異様に長い。円安、貿易赤字も寂しい今日、外国人向けには値付けをドル連動にして利益をガッポリとれるようにすべきと私個人的には思うのだがとにかく混雑していて朝から労多し。午後過ぎまでに用事を済ませて私本命の都電荒川線に乗りに行く。時間の関係で全区間は乗れなかったが乗り鉄派としてこのチンチン電車を味わうが、ある種の既視感、京都の嵐電と大きく変わらん気がした。最後に古川庭園のバラを見てから帰路につく。この両日、普段歩くことが少ない私は大いに疲れてしまう。観光半分の東京巡りも久しぶり、暑さの中?、早足の奥さんについていく行く?いや、何より人の多さと混雑に疲れてしまった。コロナも増え始めているという気がかりもあるが、それなりに知っているはずの上野も駅から公園と美術館までのおびただしい人の多さに参ってしまい「前、こんなに人いたっけ?・・いつの間にかオラは東京の人混みに耐えれなくなっちまったなぁ」ヤレヤレ、つくづく年齢を思う。

「世田谷の等々力渓谷意外さに「いいね」の数は高まりやすし」
「街道の起点となりし日本橋 中山道も川面にゆれる」
「唯一のチンチン電車荒川線一両なれば空く席はなし」

等々力渓谷

本日、義父の納骨を行う。葬儀一連を無宗教でと、なべて合理的な義父の生前の希望と奥さんの家族のアクセスも念頭に金華山に連なる水道山の山裾、梅林に永代供養の墓を決めたが、実物はそれなりに立派に思えた。少子化に伴い墓の維持は労力も経済的にも先々の家族のことを考えれば今までのような伝統的な墓守スタイルは持続・・サスティナブルではなかろうと・・。それにしても、今はまだマシで次代の自身の頃には少子化もあって更に簡素にせざるを得ない?そんな可能性も考えておかなければと思う。

やっと司馬遼太郎氏の街道をゆく「神戸散歩、横浜散歩、芸備の道」読了。芸備の道では毛利氏の城、吉田を中心に書かれているがこの章はなかなか読むのに時間がかかった。全体的に関心が薄かったことによるが、何事も発見はあるもので驚いたのは分水嶺が瀬戸内からわずか20kmの所(上根付近)で広島県でも南寄り、そこ以北は日本海に向けて川が流れているらしくこれには意表を突かれた。神戸の再度山、布引の滝、水源地、横浜の山下埠頭など知識がある所は読み進めやすかった。神戸、横浜の港の成り立ちや歴史が書かれ対比されている。今どきハイカラな響きを持つ居留地何番街という(中国で租界)という言葉の持つ意味など興味を持って読めた。