最高気温40℃近い日が出てくる、「もうここまできたら最高越えや!」とおかしな気分にもなっていた矢先に埼玉41.8℃。岐阜も「35℃の普通に暑い」を通り越した暑さになる。街の人通りは少なく地方都市の閑散化が一層視覚化される。早朝の散歩、どの家からもエアコンの室外機がブーンブーン唸りをあげ、その熱風で暑いところ「野良のシマちゃん」に遭遇。「たまるかぁー、毎日大変じゃろう・・」さぞ野良猫は大変ではと見てると室外機から落ちる水滴をペロペロと水分補給、案外賢い。初対面は6年前、思うに7歳以上のお歳で慣れているとは言え野良家業は大変に違いない。そういえば清水川沿いに緑色のコガネムシをあまり見ない。以前は早朝によく転がって死んだふりをしていたが暑さの影響かもしれない。7日に少々雨が降りその後は秋の虫も鳴き始めた。カレンダー通りなので盆休みは無く淡々と仕事。娘が8日から11日まで帰省し息子は業務。
「分断はここにもありや野良猫の仲間と別れシマは一匹
「川沿いの木々にもコガネの姿なく今夏は虫にもアラートが鳴る」

8月9日(土)自転車ride、あまりの暑さなので涼をもとめて円原川を目指す。6:20スタート、いつもの伊自良街道から平井坂を越えて板取川支流の神崎川を遡上していく。盆休み?キャンプ場は朝から車も人も多い。渓谷の美しさは一級と思うが伏流水は水が冷たいので猛暑とは言え要注意。若い頃にBBQでビールを飲んで浸かった川の冷たさに心臓が止まる思いをして危うく溺れそうになったことがある。兎に角深みは足が付かない。さてさて円原川に到着するとあいにく曇りで太陽光無く光芒目当ての人も車も少なく活気が無い。さすが、光芒狙いの人は敏感に反応されているらしい。あ~やっぱ光芒だなぁ~と思い、仕方なく近くの「ごろごろの滝に」向かってみる。ここは初めてで約5Kmほど奥。既に家族連れが川に入っていたが対岸に立派な滝が落ちていた。ネーミングがややゆるキャラ的だが滝は正統派。川に入って水浴びを数回、ここも冷たい。後からロードバイク3人組が到着し靴を脱いで滝壺に入って声を上げる。20代に見える若者らは映える写真を撮り合っていた。帰路も同じコースを戻る、10:30着。webを参考に行ったが「ごろごろの滝」は良い所だった。
83.59km 3:50:36 21.7k/h 51.3kmax 獲得624m





同日夜、長良川花火大会に娘含めて夕方から三人で出かける。ママチャリ2台に私はクロスバイクで出かける。例の如く岐阜公園まで自転車で行ってから徒歩。今回は更に近付き人で埋まった堤防道路の上で見た。横に広く長く1万発が連続で上がっていく。特に金華山に反響する音がいいのだとか・・。いいねーと私ら的には満足したが近くにいたオッサンが「金ねえのかぁー?えれ~ショボくねえかハナビ!」とガードマンにくだを巻いていたが、まあ、言ったところでどうにもならぬ。フィナーレ見終わると速攻で引き揚げる。帰り道がごった返すので御鮨街道の横の道をひたすら自転車の波に乗って岐阜駅に向かう。運よく自宅近くになって、ポツポツと雨が降り出した。


盆もカレンダー通りだが超多忙でもないので15日は有休を取得。折角の有休なので還暦オヤジ、夏の思い出作りに遠く、郡上白鳥の奥の桧峠へ久々に行く。5:00に車で出発、大和道の駅にデポし6:15にスタートする。連休中だからか道の駅には車中泊らしい車が何台か止まっていた。長良川を渡河し右岸を遡上して白鳥を過ぎていく。北濃駅で長良川鉄道の車両が見えた。この鄙びた鉄道は廃線の議論がされているのでいつまであるか・・?と写真を撮る。国道156号の石徹白への分岐で一休みし、桧峠の登坂に入る。これだけ長い登坂は久しぶりなので一抹の不安があるが最高斜度で30Tまで使いながら峠を登り切る、標高約1000m。ゴルフ場に温泉施設も健在のようだ。一気に石徹白側にダウンヒル、途中のログハウスなど以前はあったか記憶が無い。30年以上前にスキーに来た石徹白スキー場の跡はかすかにわかる程度に雑木林。桧峠は分水嶺なので目の前の急流はやがて日本海に注ぐ。更に石徹白大杉を目指したがやや足を使いそうな道なのでクルリと撤回し帰路に向かう。やや古びたウイングヒルズスキー場の前の急登を凌いで再度峠のピークを通る。この時間になって県外ナンバーの車が何台も上がって来た。涼しいのは峠だけで北濃に下りると熱波の中を走って大和道の駅に10:40着。見違えるほど混雑している。明宝ソーセージとはちみつソフトクリームを食し少々贅沢。思えば私の自転車は初期投資の30数万円でも減価償却3年目で日々のride経費は水道の水代くらいで安上がり、たまの贅沢も悪くはない・・。8年ぶりの桧峠変わらないところと、そこはかとなく変化を感じたところもあった。
67.07km 4:05:07 16.4k/h 44.2kmax 獲得1298m
「本州の背骨の峠を銀輪で息子と越えしは八年も前」



(帰途、北濃方面九十九折)


(桧峠)
森永卓郎氏「保身の経済学」読了。森永さんの一連の三五館シンシャ本はこれが最後。内容的にはどこかで書かれたものが多く目新しさはないが、「保身」という姿勢についてクローズアップされている。教育、職場、一般社会における各ステージや現場での保身の負の側面について批判的に書かれている。「保身」は人間の生存本能から仕方ない部分があるとは思うが、個々の保身が集団や組織ぐるみで社会的正義や人権、倫理を害するものになってしまうとその影響が大きく一般社会そのものがダメになるということは理解に難しくない。昨今の冤罪事件や何十年もの検査不正、事実隠蔽、改竄など組織保身のために「上手くやる」ということを続ける「組織ぐるみ」の違反や事件も多くなったと感じる今日この頃。性善説?か海外に比べ組織への罰則が軽過ぎではとも思うが。劣化と言えば劣化で進歩性の無さや30年の停滞にも大いに関係するマインドセットに思える。問題なのは反則や隠蔽が世代間に強いられ引き継がれ時間を経て真の問題が不明になることと、保身の負債が何の責任も無く引き継いだ世代の足かせになることではないか。中でも森永さんが何度も書かれているオールドメディアの保身については今までの影響力からして大いに憂慮すべき事という意見には頷く。まあ昨今はSNSの台頭もあってややこれまでの保身による副作用も見えてきたような気もするが・・。
